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Windows Live® の検索結果 広島県廿日市市宮島町にある。祭神は、イチキシマヒメノミコト(市杵島姫命)、タゴリヒメノミコト(田心姫命)、タギツヒメノミコト(湍津姫命)。創始は推古天皇のときとつたわるが、もともと島の神霊として信仰され、瀬戸内海交通の発達とともに航海守護神とされたものらしい。「延喜式」では名神大社(みょうじんたいしゃ)とされ、のち安芸国の一宮となる。平安末期には、平清盛の安芸守就任が縁で、その崇敬をうけ、平氏の氏神のようになった。 華麗な装飾・装幀で知られる平家納経は、清盛ら平氏一門が一族の繁栄をいのって当社におさめた経巻である。1168年(仁安3)には清盛の援助で大規模な修築がおこなわれ、社殿主要部や舞台・楽房を海辺に配置する現在のような社容がかたまったという。鳥居は海中にたっており、潮がみちると鳥居にむかって配された社殿が海上にうかんだようになる。 後白河法皇や高倉上皇らも参詣(さんけい)し、平氏滅亡後は鎌倉幕府が保護したが、いっぽうで神職の頂点である神主を佐伯氏から守護の藤原親実に交代させるなどの干渉もおこなっている。以後、神主は親実の子孫が世襲し室町時代にいたっている。室町幕府も当社を保護したが、戦国時代には大内・毛利両氏の影響下におかれ、これとむすびついた棚守職の棚守氏が勢力をのばし、社殿の修理造営権をにぎった大願寺とともに、近世まで当社の諸事を統轄した。 1991年(平成3)の台風で社殿などに大きな被害をうけたが、94年にすべての修復工事が完了。96年12月に世界遺産に登録された。
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