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  • 承天閣>人物>伊藤若冲

    伊藤 若冲 1716 - 1800 江戸中期の画家。京都の人。別号斗米庵(トベイアン)。 京都錦小路の青物問屋の長男として生まれ、家業のかたわら、狩野派、光琳派や中国の元代、明代の画法を学んだ。四十歳で家業を弟に譲り、生涯妻子を持たず、絵画の制作に専念し ...

  • ハマリごと--伊藤若冲

    伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)は江戸時代中期の画家です。 20代後半から絵を描き始め、初期は狩野派に学び、中国絵画の摸写を行います。 しかし、それでは飽き足らず実物をひたすら写生、その後、独自の世界を構築するに至ります。

  • 伊藤若冲 - Wikipedia

    伊藤 若冲 (いとう じゃくちゅう、 正徳 6年 2月8日 ( 1716年 3月1日 ) - 寛政 12年 9月10日 ( 1800年 10月27日 ))は、 近世 日本 の 画家 の一人。 江戸時代 中期の 京 にて活躍した 絵師 。名は汝鈞(じょきん)、 字 は景和(けいわ)。

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伊藤若冲

伊藤若冲 いとうじゃくちゅう
百科事典項目

1716~1800 18世紀後半に京都で活躍した画家。名は汝鈞(じょきん)、字(あざな)は景和(けいわ)。斗米庵、米斗翁などの号もある。錦小路の青物問屋に生まれたが、40歳で弟に家督をゆずり、以後画業に専心した。宋、元、明の中国古画の研究をつみ、実物の写生も重んじたが、沈南蘋(しんなんぴん)の花鳥画黄檗宗関係の絵画など、新しい中国画から多くの影響をうけ、独特の造形感覚による個性的な画風を生みだした。

壮年期の傑作に、濃彩花鳥画の代表作「動植綵絵(さいえ)」30幅がある。ほかに大阪西福寺の「仙人掌(サボテン)群鶏図襖」(1790)、友人の黄檗僧大典顕常(だいてんけんじょう)と合作した拓版画「乗興舟(じょうきょうしゅう)」(1767)、諧謔味にとんだ「野菜涅槃(ねはん)図」など、奇想あふれる作品で異才をはなっている。

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