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  • 岩佐又兵衛 - Wikipedia

    岩佐 又兵衛 (いわさ またべえ、 天正 6年( 1578年 ) - 慶安 3年 6月22日 ( 1650年 7月20日 )は、 江戸時代 初期の絵師。又兵衛は通称で、 諱 は勝以(かつもち)。

  • 岩佐又兵衛

    (後略) ・ 「日本の美術№259 岩佐又兵衛」 辻惟雄 至文堂 1987年 ★★ ・ 「浮世絵師又兵衛はなぜ消されたか」 砂川幸雄 草思社 1995年 ★★ 江戸時代には浮世絵の開祖といわれ、フェノロサや岸田劉生が絶賛した岩佐又兵衛。

  • 岩佐又兵衛 驚異の極彩色絵巻|日曜美術館

    2009年2月15日放送 岩佐又兵衛 驚異の極彩色絵巻 辻 惟雄さん(東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM館長) 羽田澄子(記録映画作家) 浮世絵の開祖とうたわれ“浮世又兵衛”の異名を取る絵師、岩佐又兵衛(1578-1650)。 伝説に彩られ、その実態が定かではなかった又兵衛 ...

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岩佐又兵衛

岩佐又兵衛 いわさまたべえ
百科事典項目

1578~1650 17世紀前半の画家。名は勝以(かつもち)。号は道蘊(どううん)。伊丹城主荒木村重の末子とつたえられる。2歳のとき、一族は織田信長にほろぼされたが、あやうく難をのがれ、母方の姓を名のって、京都で成長した。1615年(元和元)ごろから越前北之庄(現、福井市)にすみ、藩主松平忠直、忠昌のもとで本格的な絵画制作にうちこんだ。37年(寛永14)江戸にまねかれて、川越東照宮の「三十六歌仙図額」(1640)などを制作。代表作の「人麿・貫之像」や「旧金谷屏風」などで、和漢の物語や故事につたえられる人物を独特の卑俗味と諧謔(かいぎゃく)性をくわえて表現した。古浄瑠璃正本に取材した「山中常磐(やまなかときわ)絵巻」などの極彩色絵巻も、無款ながら又兵衛とその工房の作と推定される。

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