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Windows Live® の検索結果 中国河南省安陽市小屯付近にある殷(商ともよばれる)代後期の都の遺跡。殷は前・中・後期にわかれるが、後期は19代盤庚(ばんこう)から最後の30代帝辛(ていしん)までの約270年間。司馬遷の「史記」に殷の記述があり、古くから存在が推定されていたが、ここから出土した甲骨文字の解読により王室の世系や、都である「大邑商」の記載が判明したため、殷墟と確認された。 小屯村北側の地区には、宮殿跡や一般人民の竪穴(たてあな)住居跡・工房跡などがある。大型の墓も多く、なかには南北約19m、東西約14m、深さ10.5mの亜字形墓坑をもち、100人以上の殉葬骨や70個以上の人頭骨などがみつかった墓もある。大型墓は王または王一族の墓と思われ、玉器や青銅器が大量に副葬されている。1936年からの発掘で、1万7000点以上の亀甲片を発見、うち約300点は完全な形だったため、甲骨学史上重要な発見となった。 1976年の調査では「婦好」「司母辛」の銘文をもつ青銅器が第5号墓遺構からみつかり、これが22代武丁の配偶者の婦好と推定された。炭素14法による年代測定の結果、これらの年代は前1200~前1100年という数値がでている(→ 年代測定法)。これは従来いわれていた殷代後期の年代、前1300~前1027年に合致する。 → 青銅器時代
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