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  • 浦上玉堂 - Wikipedia

    浦上玉堂 (うらがみ ぎょくどう、 延享 2年( 1745年 ) - 文政 3年 9月4日 ( 1820年 10月10日 ))は、 江戸時代 の文人画家。 1745年(延享2年)、 岡山藩 の支藩 鴨方藩 (現在の 岡山県浅口市 )の藩邸に生まれる。玉堂は 播磨 ・ 備前 の戦国大名であった 浦上氏 ...

  • 浦上玉堂(おかやま人物往来)

    浦上 玉堂 浦上春琴筆 林原美術館蔵 画像等の無断複製・転載・改変・放送等は禁じられています。 詳細は こちら

  • 浦上玉堂の琴詩書画

    日本美術史ノート 江戸後期の絵画1 琴と画 浦上玉堂 ... 琴詩書画 江戸文化人の中国文人への憧れ 玉堂はその憧れを、江戸後半の文化の爛熟の中で、中国文人文化の粋である琴の音楽と詩と書と画を一人の人格が嗜み総合する(琴詩書画一体)のものとして体現 ...

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浦上玉堂

浦上玉堂 うらがみぎょくどう
百科事典項目

1745~1820 江戸後期の文人画家。名は弼(ひつ)、字(あざな)は君輔。玉堂の号は、35歳の時に手にいれた中国明代の古琴の銘に由来している。岡山池田藩の支藩鴨方藩士の家に生まれ、16歳のころに出仕したが、わかいころから江戸の谷文晁らの文人とまじわり、琴や詩、書画などひろい学芸を身につけた。49歳のときに官職をしりぞき、50歳で2人の息子をつれて脱藩。以後、各地を遊歴しながら得意の琴や書画を中心とする自由な生活をおくった。

現在のこっている絵は、いずれも60代、70代の作で、代表作に「凍雲篩雪(とううんしせつ)図」「山紅於染(さんこうおせん)図」「煙霞帖(えんかじょう)」などがある。独特の自由闊達な線描で構築される空想的な山水画は、従来の規範にとらわれず、詩情にあふれている。

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