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Windows Live® の検索結果 1879~1910 彫刻家。長野県南安曇郡東穂高村(現、安曇野市)に生まれる。青年時代に同郷の先輩相馬愛蔵、相馬黒光夫妻から精神的な影響をうけ、またキリスト教にも傾倒した。1901年(明治34)に渡米してニューヨークで絵画の勉強をしたのち、03年に渡仏。翌年のサロンでロダンの「考える人」をみて感動し、彫刻に転向することを決意した。いったん帰米したのち、ふたたびパリにもどって、アカデミー・ジュリアンで彫刻をまなび、その間ロダンをおとずれた。このころから、碌山(ろくざん)と号するようになる。 1908年に帰国して、相馬夫妻の経営する新宿中村屋近くにアトリエをもうけ、文展と太平洋画会展に出品した。文展第2回展の「文覚(もんがく)」、第3回展の「北条虎吉像」、さらに第4回展に遺作として出品された「女」は、いずれも3等賞を受賞した。10年中村屋で突然喀血し、32歳の若さで急死。短い制作期間であったが、ロダンの影響のもとに、再現描写をこえた生命感あふれる作品を日本の彫刻界にのこした。
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