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  • お雇い外国人 - Wikipedia

    お雇い(御雇)外国人 (おやといがいこくじん)とは、 幕末 以降 明治 初期に、「 殖産興業 」などを目的として、 欧米 の先進 技術 や 学問 、制度を 輸入 するために雇用された欧米人のことである。 江戸幕府 や各 藩 、明治以降は新政府や各府県、または ...

  • kyo-zo

    4.お雇い外国人の胸像

  • 1997 tenji-kai home-page

    東 京 大 学 創 立 120 周 年 記 念 東 京 大 学 展 - 学 問 の 過 去・現 在・未 来 第一部 「学問のアルケオロジー」 お雇い外国人展 -著作・記録に見るお雇い外国人の足跡 東京大学附属 ...

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お雇い外国人

お雇い外国人 おやといがいこくじん
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

幕末~明治前期に、江戸幕府や諸藩、つづいて明治政府・学校・民間会社などに指導者や教師として雇用された外国人。政治・法律・軍事・産業・経済・交通・建築・教育・学問・芸術などひろい分野で活躍し、欧米の先進文化を直接つたえて、日本の近代化に大きく貢献した。

II

富国強兵・殖産興業をめざす

幕末期の1855年(安政2)、江戸幕府は長崎に海軍伝習所を開設し、オランダ海軍の士官や機関士をやとって海軍諸技術の習得に着手、これがお雇い外国人の最初の例である。幕府はフランス人技師の指導で横須賀に製鉄所も建設、薩摩藩は鹿児島に紡績工場を建設するためイギリス人技師をやとうなど、幕府や諸藩は洋式軍備の確立と近代産業をおこすために直営機械工場の建設などを目的に外国人技術者の雇用を積極的にすすめた。

明治維新後の文明開化期には、欧米の先進文化を移入する動きが各分野にひろがり、富国強兵殖産興業をめざす政府の近代化政策の推進とともに外国人の雇用は本格化した。政府は1871年(明治4)開拓使を札幌にうつしてアメリカ式の農場や農法、農産加工工場などの導入をはじめ、70年設置の工部省も鉄道や鉱山など近代工業の移植に積極的にとりくんだ。また官営模範工場である富岡製糸場は72年から操業開始、フランス人指導者のもとで近代的熟練工の養成をおこなった。文部省、内務省なども設置され、最盛時の74年には政府にやとわれた外国人の数は500人以上、その数は明治期を通じて3000人にのぼったとされる。

III

高給優遇の技術者・教師

国籍別ではイギリス人がもっとも多く約8割を占め、ついでフランス人、ドイツ人、アメリカ人の順だった。イギリス人は技術者を中心に鉄道・電信・鉱山などの産業・経済・軍事(海軍)・金融分野で、フランス人は造船・軍事(陸軍)・紡績分野で、ドイツ人は法律・医学教育・芸術分野で、アメリカ人は教育と開拓の分野でそれぞれ活躍した。政府の部署では工部省と文部省に集中し、彼らは技術者・教師として高給で優遇され、大臣以上の給与をもらう者もいた。当初は政府に雇用される場合が多く、明治10年代(1877~86)の初めまでは技術者・教師が圧倒的だったが、しだいに民間の雇用がふえ、1887年(明治20)以降は減少傾向をたどり、技術者の割合もへっていった。

おもな例として、イギリス人では鉄道技師のモレル、建築家のコンドル、フランス人では法学者のボワソナード、ドイツ人では軍人のメッケル、アメリカ人では農政家のケプロン、札幌農学校(北海道大学)教頭をつとめたクラーク、動物学者のモース、東洋美術研究家のフェノロサらが有名である。

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