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Windows Live® の検索結果 1559~1635 桃山・江戸初期の画家。浅井長政の家臣、木村長光を父として近江国に生まれる。狩野永徳の弟子となり、やがてみとめられて養子となった。1588年(天正16)病にたおれた永徳のあとをうけて、東福寺法堂の天井画「蟠竜(ばんりゅう)図」を完成。永徳画法のもっとも忠実な継承者にかぞえられながらも、師ほどの奔放さはなく、穏和な調和をもとめる画風を形成した。 大覚寺の襖(ふすま)絵や「鷙鳥図屏風(しちょうずびょうぶ)」のような花鳥画のほか、風俗画にもすぐれた腕前を発揮し、「犬追物(いぬおうもの)図屏風」や「南蛮屏風」で新機軸をうちたてた。やまと絵系の作品には、九条家の襖絵とつたえられる「車争(くるまあらそい)図屏風」をのこしている。豊臣家と縁が深かったため、豊臣家滅亡直後には一時不遇な時期もあったようだが、晩年には二条城の障壁画制作に参加したほか、妙心寺天球院襖絵(1631頃)のような力作を生みだした。山楽の画系は代々京都で活躍したことから、京狩野とよばれるようになった。
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