検索
エンカルタ内で検索 : 狩野正信

Windows Live® の検索結果

  • 狩野正信 - Wikipedia

    狩野 正信 (かのう まさのぶ、 永享 6年( 1434年 )? - 享禄 3年 7月9日 ( 1530年 8月2日 )?)は、 室町時代 の絵師で、 狩野派 の祖である。 狩野派は、室町時代から明治に至るまで400年にわたって命脈を保ち、常に日本の絵画界の中心にあった画派であった。

  • 狩野派 - Wikipedia

    狩野派 (かのうは)は、日本絵画史上最大の画派であり、 室町時代 中期( 15世紀 )から 江戸時代 末期( 19世紀 )まで、約400年にわたって活動し、常に画壇の中心にあった専門画家集団である。 室町幕府 の御用絵師となった 狩野正信 を始祖とし、その子孫 ...

  • 大倉集古館 「狩野派誕生」

    伝狩野正信「松下二仙図」 伝狩野元信「蕪菁図」「山水図屏風」「達磨慧可対面図」 狩野派「花鳥図屏風」 狩野秀頼「布袋図」 右都御史「牧牛図」 狩野正祐「鶉図」(前期) 官南「高士観瀑図」(後期) 伝狩野雅楽助「廿四孝図屏風」(後期)

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

狩野正信

狩野正信 かのうまさのぶ
百科事典項目

1434頃~1530頃 狩野派の祖といわれる室町後期の画家。通称大炊助(おおいのすけ)。関東地方の出身で、のちに京都にでて幕府の御用絵師となり、1483年(文明15)ごろ足利義政が造営した東山殿に「瀟湘八景図」などの襖絵をえがいた。中国宋・元・明の画法に精通するとともに、伝統的なやまと絵の技法にもすぐれ、義政や義尚、日野富子らの肖像画や仏画なども手がけた。こうした幅ひろい画技の修得が、子の元信以降、狩野派が専門絵師として飛躍的に発展していく最大の要因となる。

地蔵院の「騎馬武者像」ほか、伝承作品に真珠庵の「竹石白鶴図屏風(びょうぶ)」や、「周茂叔愛蓮(しゅうもしゅくあいれん)図」などがある。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft