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  • 鎌倉市 鏑木清方記念美術館

    近代日本画の巨匠 鏑木清方(かぶらき きよかた)の画業と創作の場を後世に伝えるために鎌倉の旧居跡に建てられた記念美術館です ... 11月7日(土)から12月13日(日)まで特別展を開催します。 会期中の休館日:11月9日(月)~10日(火)、16日(月)、24日(火)、30日 ...

  • 鏑木清方 - Wikipedia

    鏑木 清方 (かぶらき きよかた、 1878年 ( 明治 11年) 8月31日 - 1972年 ( 昭和 47年) 3月2日 )は、明治~昭和期の 日本 画家 。なお、姓は「かぶらぎ」でなく「かぶらき」と読むのが正しい。 近代日本の 美人画 家として 上村松園 、 伊東深水 と並び称 ...

  • 【清方の歩み】美術館について|鎌倉市 鏑木清方記念美術館

    8月31日、東京神田に生まれる。本名健一。父は『東京日日新聞』(現・毎日新聞)の創始者の一人で、戯作や劇評も手がけた ... 第8回帝展に≪築地明石町(つきじあかしちょう)≫を出品。帝国美術院賞を受賞。名実ともに清方の名が世に知らしめられる。

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鏑木清方

鏑木清方 かぶらききよかた
百科事典項目

1878~1972 日本画家。本名健一。幕末戯作界を代表する条野採菊(じょうのさいぎく)の子として東京に生まれた。1891年(明治24)、幕末浮世絵の月岡芳年門下の水野年方(としかた)に入門、清方の号をあたえられる。師年方の後継として新聞の挿絵をえがきはじめたことをきっかけに、尾崎紅葉泉鏡花島崎藤村などの小説の挿絵を手がけ、ひろく世に知られるようになった。

1909年(明治42)の第3回文展に初入選して以降は日本画家として本格的な活動をするようになり、19年(大正8)の第1回帝展からは審査員をつとめた。27年(昭和2)の第8回帝展に出品した「築地明石町」により、帝国美術院賞を受賞。戦後は、日展に出品をつづけ、54年に文化勲章を受章した。江戸からつづく伝統的な教養と情緒にうらづけられた人物画をえがき、ことに美人画や下町風俗画を得意とした。また、父から文筆の才をうけつぎ、「こしかたの記」をはじめ、多くの随筆集をのこしている。

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