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Windows Live® の検索結果 青森県つがる市木造(きづくり)にある縄文晩期の低湿地遺跡。丘陵の端部、標高4~16mの地点にある。発見は江戸初期と古く、その後、かなり乱掘された。明治期になり、神田孝平の紹介により中央の研究者が発掘調査を実施。1950年(昭和25)慶応義塾大学考古学研究室が本格的な調査をおこない、報告書をまとめた。 遺構には土坑群と泥炭層があり、多種・多彩な遺物が豊富に出土した。亀ヶ岡式土器の名で知られる土器群は、現在は晩期大洞(おおぼら)B~A'式と細分されている。ほかにも石器・石製品・骨角器・玉類・漆塗櫛(くし)・籃胎(らんたい)漆器、さらに植物遺存種子、鳥・獣・魚骨類、貝類などがみつかっている。なかでも遮光器土偶と命名された土偶は、目の表現が独特なものである。 青森県是川遺跡(これかわいせき)とともに東北の縄文晩期文化研究に重要な遺跡であり、その後、この時期の文化は亀ヶ岡文化とよばれるようになった。近年、稲籾殻(もみがら)と炭化米もみつかり、稲の伝播(でんぱ)問題にも新たな提起をなげかけている。国史跡。 → 縄文文化
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