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  • 鑑真 - Wikipedia

    鑑真 (がんじん、 688年 ( 持統天皇 2年) - 763年 6月25日 ( 天平宝字 7年 5月6日 ))は、 奈良時代 の帰化僧。 日本 における 律宗 の開祖。俗姓は淳于。

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鑑真

鑑真 がんじん
百科事典項目

688~763 中国、唐代の僧で、日本律宗の開祖。揚州江陽県に生まれ、13歳で揚州大雲寺で出家、律と天台(天台宗)をまなんだ。742年、当時伝律授戒の師をもとめて唐にわたっていた日本僧の栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)から日本渡航を懇願され、弟子とともに日本にいくことを決意する。暴風や、出国をねがわない弟子による妨害のために5回も失敗し、高弟をうしない、みずからも失明するという苦難のすえ、ようやく753年(天平勝宝5)、来朝をはたした。日本では、伝律授戒の権限をまかされ、東大寺に戒壇をきずいて聖武上皇などに授戒した。759年唐招提寺を創建して、日本律宗の中心的道場とした。鑑真は仏像、経典をもたらしただけでなく、書、医薬、建築様式などの文化面でも大きな貢献をした。伝記に、鑑真に帰依した淡海三船(おうみのみふね)による「唐大和上(とうだいわじょう)東征伝」がある。

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