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資本主義体制のもとで経済活動全体が大混乱におちいる現象。1929年(昭和4)アメリカのニューヨークでの株価大暴落からはじまり、世界へ波及した大恐慌が歴史上で最大規模のものである。
恐慌のおもな原因は過剰生産にある。資本主義経済では景気はたえず変動し、好況・後退・不況・回復という一連の景気循環があらわれるが、恐慌は好況期の過剰生産によって景気が急激に後退する危機的局面として発生する。つまり、好況期の活発な設備投資で生産が増大し、この過剰生産が原因で商品価格の下落や需要の減退が生じ、企業倒産や失業がふえる。その結果、経済活動が停滞して信用不安がひろがり、銀行に対する取り付けなどの金融恐慌にいたる。恐慌の影響は一国だけでなく世界に波及する。
世界で最初の本格的な恐慌は、1825年イギリスでおきた。戦争や天候異変など外的事情からおきたそれまでの恐慌とはことなり、この恐慌は、資本主義経済の発展にともなう過剰生産が原因だった。以後、恐慌は第1次世界大戦まで約10年の周期で発生した。 第1次世界大戦は世界経済にいろいろな影響をのこした。1920年に戦後恐慌がおき、その後は相対的安定期にはいったが、29年には大恐慌がおこった。「暗黒の木曜日」とよばれる同年10月24日にニューヨークの株式市場で株価が大暴落し、これをきっかけに恐慌が全世界に拡大して、それまでにない深刻な事態となった。アメリカは多数の企業や銀行が倒産して失業率が25%に達する不況にみまわれ、フランクリン・ルーズベルト大統領は公共事業の拡大などによる不況対策を柱とするニューディール政策をうちだした。また、イギリスやフランスは関税防壁をもうけるなどブロック経済政策をとるようになり、ファシズムが台頭することとなる。 日本では1890年(明治23)に最初の恐慌がおこり、つづいて日清戦争後の1900年と日露戦争後の07年に、それぞれ戦争の反動として恐慌が発生した。第1次世界大戦後の20年(大正9)にも恐慌がおこり、その後も不況はつづいたが、この間に財閥は企業集中をすすめた。 1927年(昭和2)、不良債権をかかえた一部の銀行が経営危機になったことから取り付け騒ぎとなり、中小銀行が休業や倒産においこまれるなど金融恐慌が全国にひろがった。ついで30年に昭和恐慌がおこり、同年1月に日本は金解禁を断行したが、この解禁による不況と、おりからの大恐慌の余波をうけて深刻な恐慌状態になった。とくに生糸の対米輸出の激減と農産物価格の暴落などで農村の困窮はいちじるしく、飢饉にみまわれただけでなく婦女子の身売りも続出した。 第2次世界大戦後には、世界の資本主義諸国では景気調整策がとられたため、1929年の大恐慌ほどの恐慌はなくなっているが、恐慌の前段階ともいえる経済・金融の混乱現象はしばしばみられる。
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