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  • 美の巨人たち

    現存する久隈守景の作品は、200点にも上ります。 しかし、絵師自身の人生については殆ど判っていません。 彼の落款は、驚くほど淡白な自意識です。 描かれた年も、凝った雅号もなく、ただあっさり「守景」と記されているばかり。

  • 久隅守景 - Wikipedia

    久隅 守景 (くすみ もりかげ、生没年不詳)は 江戸時代 前期の画家。 狩野探幽 の弟子で、最も優秀な後継者。娘に閨秀画家として謳われた 清原雪信 がいる。その画力や 寛永 から 元禄 のおよそ60年にも及ぶ活動期間、現存する作品数(約200点)に比べて ...

  • 茶道具からき 久隅守景 掛軸 水墨 雁図

    雁の絵ですので 秋の寄付きに最適な絵柄と思われます 枯れた葦に雁の侘びた景色は全てを捨て去り、そこに悟りとしての雁が ... 久隅守景 水墨 葦雁図 掛軸 お問合せ 茶道具からき

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久隅守景

久隅守景 くすみもりかげ
百科事典項目

生没年不詳。江戸前期の画家で、狩野探幽のもっともすぐれた門人のひとり。1642年(寛永19)に探幽、尚信らと滋賀県大津市の聖衆来迎寺の襖(ふすま)絵制作に従事したが、のちに破門されたとつたえられる。一時期加賀金沢にいき、前田侯につかえたという説もある。

代表作の「夕顔棚納涼図屏風」や「四季耕作図屏風」は、金沢滞在中の作と考えられ、田園風俗をえがくその清新な感覚は、地方の農民の生活にじかにふれた経験から生みだされたものと推定される。そこには江戸の狩野派にはみられない守景独特の世界がある。

最晩年は京都にうつり、茶人藤村庸軒と親交をむすんだといわれている。庸軒が賛をしたものに「芦葉達磨図」(1697)があり、これは没年のひとつの目安とされる。娘の雪も、画家清原雪信として活躍した。

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