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  • 御霊信仰 - Wikipedia

    この項目では、祟る怨霊を鎮めて「 御霊 (ごりょう) 」とし平穏を願う日本の信仰について記述しています。「魂」の尊敬語「 御霊 (みたま) 」については「 魂 」を、新約聖書福音書に書かれている「 神の霊 (プネウマ) 」の和訳語については「 御霊 」をご覧 ...

  • 祟り神 - Wikipedia

    祟り神 (たたりがみ)は、 荒御霊 であり畏怖され忌避されるものであるが、手厚く祀りあげることで強力な守護神となると信仰される神々である。また、恩恵をうけるも災厄がふりかかるも信仰次第とされる。

  • 御霊信仰

    御霊信仰 ごりょうしんこう 〈御霊〉は〈みたま〉で霊魂を畏敬した表現であるが,とくにそれが信仰の対象となったのは,個人や社会にたたり,災禍をもたらす死者(亡者)の霊魂(怨霊)の働きを鎮め慰めることによって,その威力をかりてたたり,災禍を ...

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御霊信仰

御霊信仰 ごりょうしんこう
百科事典項目
項目構成
V

北野天満宮御霊会

903年(延喜3)に大宰府で没した菅原道真も御霊と考えられ、天神(天神信仰)として北野にまつられて、8月5日に御霊会がおこなわれた。また、994年(正暦5)に北野船岡山(ふなおかやま)で、1001年(長保3)に紫野で疫神をまつる御霊会がもよおされ、神輿などもくりだされた。

やがて各祭場は固定化し、それぞれ祇園社(現在の八坂神社)、北野天満宮、今宮神社となり、神泉苑御霊会の御霊などをあわせまつった上(かみ)・下(しも)御霊神社とともに御霊信仰の拠点となっている。

VI

都市の夏祭り

けれども、信仰の中心は夏祭りで町中をねりあるく行列にあり、時代とともに、風流(ふりゅう)という衣装を着かざった踊りや、山鉾(やまぼこ)とよばれる大型の山車などの華美をきそいあう行事へと発展していった。

VII

荒武者信仰

中世には、著名な荒武者(あらむしゃ)も御霊信仰の対象となった。鎌倉権五郎景政(かげまさ)が御霊大明神としてまつられたのがその代表で、五郎という名が御霊の音に近いことからか、ほかにも仁科五郎・加納五郎など五郎の名のつくものが多い。

江戸時代初期の千葉県佐倉の義民として、宗吾(そうご)霊堂にまつられる佐倉惣五郎もそのひとりにかぞえられる。

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