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酒井抱一

酒井抱一 さかいほういつ
百科事典項目

1761~1828 江戸後期の画家。名は忠因(ただなみ)。姫路城主酒井忠以(ただざね)の弟として江戸の藩邸で生まれた。若いころから多芸で、20代のころには歌川豊春風の浮世絵をえがいたり、尻焼猿人(しりやきのさるんど)の狂歌名で江戸の戯作文学などもこころみた。

1797年(寛政9)に出家し、1809年(文化6)には根岸に閑雅な画房、雨華庵(うげあん)をいとなんで、江戸の文人たちとひろくまじわった。京都の画家尾形光琳に私淑し、とくに15年に光琳百回忌をいとなんで以降は、光琳画風の影響を強くうけながら、優美な中にも陰影にとんだ江戸風琳派を完成させた。代表作の「夏秋草図屏風」や「月に秋草図屏風」は60歳代の作である。終生俳諧をこのみ、俳諧日記「軽挙館句藻(けいきょかんくそう)」や、俳画集「鶯邨画譜(おうそんがふ)」(1817)をのこしている。

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