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Windows Live® の検索結果 General Headquartersの略で、意味は総司令部。日本では、第2次世界大戦後に日本の占領政策を指揮・命令した連合国最高司令官総司令部をさす。1945年(昭和20)8月14日のポツダム宣言受諾から、52年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効までの期間おかれた。 連合国は日本占領政策をおこなうため、連合国最高司令官にアメリカ太平洋陸軍司令官マッカーサー元帥を任命した。1945年8月30日、日本に到着したマッカーサーはGHQを東京におき、占領政策をはじめた。GHQは軍事機構の参謀部と専門部局の幕僚部からなり、参謀部には第1部(G1、人事担当)・第2部(G2、情報担当)・第3部(G3、作戦担当)・第4部(G4、後方担当)の4部、幕僚部は民政局(GS)・経済科学局(ESS)・民間情報教育局(CIES)・天然資源局(NRS)・民間運輸局(CTS)などで構成され、ほとんどの職員はアメリカ軍人と民間人だった。 GHQによる占領統治は直接統治ではなく、日本政府に指示・命令し実行させる間接統治方式がとられた。憲法制定・財閥解体・農地改革・教育改革など一連の民主化政策は、幕僚部の各部局からだされた指令にもとづき日本政府が実施したものである。日本政府はそのため、終戦連絡中央事務局をおいてGHQとの連絡を密にした。 占領は本来は連合国の共通意志によるもので、そのために極東委員会や対日理事会がもうけられていたが、実際はアメリカ政府の意向が強く反映していた。米ソの冷戦がはげしくなると、GHQ内部で、日本の民主化改革をいっそうすすめようとするGSと、日本を反共陣営の一員にしようとはかるG2の対立が際だっていった。1949年の三鷹事件や松川事件などの背後に、日本の共産主義運動をおさえこもうとするG2の謀略があったとの憶測は今もきえていない。朝鮮戦争で原爆使用を考えたマッカーサーはトルーマン大統領によって51年に解任され、リッジウェーが後任となった。
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