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Windows Live® の検索結果 地震の痕跡を考古学的遺跡からさぐる学問・研究。1980年代に寒川旭ら地質系研究者により提唱された新しい研究領域である。大阪平野東南部の古市古墳群にある誉田山古墳(伝応神天皇陵)は5世紀代の超大型前方後円墳として有名だが、その前方部西側が異常に崩壊していることが古くから指摘されていた。さらに、周囲をかこむ濠(ほり)の南側に異常なずれがあり、古墳の西端を南北に断層がはしっているのを地震・活断層による崩壊跡と確認したことがこの学問の始まりである。 過去に日本列島をおそった地震の状況解析から、弥生時代(→ 弥生文化)以降の約2300年間で三百数十回、縄文時代(→ 縄文文化)以降の1万年間で千数百回もの地震があったと推定され、その痕跡が各地の遺跡からみつかっている。 古墳時代前期の神戸市灘区にある西求塚古墳(にしもとめづかこふん)は全長110mの前方後円墳で三角縁神獣鏡7面をはじめ合計11面の鏡が出土したことで知られるが、発掘のとき主体部の石室が大きくずれて崩落していた。後世の地震で石室がくずれ、そのすきまに鏡がのこっていたのである。神奈川県藤沢市の慶応義塾大学藤沢キャンパス内遺跡からも、地割れや断層などの痕跡が多数みつかり、変位された竪穴住居跡などから古墳時代前・中期に大地震がここでおきていたことがわかった。 現在、遺跡・遺構内からさまざまな痕跡をみつけてその時代を考察する研究が各地でおこなわれ、地面の割れ目から砂がふきだしてかたまる液状化現象、地割れ・断層・変位、地震で地面が下層におちこんでできる落崖などがその手がかりとなっている。
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