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  • 司馬江漢 - Wikipedia

    司馬江漢 (しば こうかん、 延享 4年( 1747年 ) - 文政 元年 10月21日 ( 1818年 11月19日 ))は、 江戸時代 の絵師。 蘭学 者。 鈴木春重 (すずき はるしげ)は同一人物。本名は 安藤峻 。 浮世絵師だったが、後に洋風画を描くに至った。

  • 美の巨人たち

    その時つけた雅号が「司馬江漢」だったのです。 ある日、江漢は師匠の手本の中に、不思議な絵を見付けました。 それは精緻な描写で描かれた、動物のエッチング。こんな絵が描きたい。 西洋の絵画技術に触れたい。

  • 司馬江漢銅版画

    京都大学附属図書館所蔵 [司馬江漢銅版画] (一般貴重書・06-05/シ/01貴別・127568-127578) 「司馬江漢銅版画」画像には、通常のインタフェースのものと、地図インタフェースのものとがあります。 司馬江漢銅版画・地道図

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司馬江漢

司馬江漢 しばこうかん
百科事典項目

1747~1818 江戸後期の洋風画家。本名は安藤吉次郎といい、のち名を峻とあらため、字(あざな)を君岳(くんがく)、号を江漢、春波楼、不言、無言などと称した。1760年代後半、鈴木春信門下の浮世絵師となり、春重を名のる。80年(安永9)ごろに、平賀源内小田野直武の影響によって西洋画法に興味をもち、83年(天明3)日本初の腐蝕銅版画(エッチング)を成功させた。1800年(寛政12)前後からは油絵の画法にも工夫をくわえている。

画業以外に、西洋の天文学や地理学など、自然科学の啓蒙的紹介者としても活躍し、1792年に日本初の銅版世界地図「輿地(よち)全図」を刊行したほか、地動説なども紹介している。代表的な銅版画には「両国橋図」、西洋画法による日本の風景画に「七里浜図」、著作に「春波楼筆記」、西洋画論書「西洋画談」などがある。

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