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  • 定朝 - Wikipedia

    定朝 ( じょうちょう 、生年不明 - 天喜 5年 8月1日 ( 1057年 9月2日 ))は 平安時代 後期に活躍した 仏師 で、 寄木造 技法の完成者とされる。 康尚 の子。

  • 定朝 - MIHO MUSEUM

    定朝(?ー1057) 平安時代を代表する仏師。生年は不明。康尚の子。仏像の躯幹部を複数の材で構成する寄木造(よせぎづくり)の完成者ともいわれ、その円満優雅な作風は宮廷や藤原氏の人々の賞賛するところとなり、特に彼が造った阿弥陀如来像は「弥陀の ...

  • 定朝

    (?~1057) 平安時代 中期の 仏像彫刻 (ぶつぞうちょうこく ) 家。 藤原道長 (ふじわらのみちなが ) ・ 頼通 (よりみち ) などの 貴族 (きぞく ) たちに重く用いられて,多くの 仏像 (ぶつぞう ) を手がけたが, 現存 (げんそん ) するのは 平等院 (び ...

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定朝

定朝 じょうちょう
百科事典項目

?~1057 平安後期の仏師。仏師康尚(こうじょう)の子とつたえられる。1022年(治安2)に藤原道長が建立した法成(ほうじょう)寺の造像や、48年(永承3)の興福寺復興造像にたずさわり、仏師としてはじめて法橋(ほっきょう)、法眼(ほうげん)の位についた。

1053年(天喜元)藤原頼通のためにつくられた平等院鳳凰(ほうおう)堂の阿弥陀如来座像は、現存する唯一の作例である。寄木造の技法がもちいられ、緩やかな曲面によって、穏やかで円満な姿に形づくられている。定朝はするどい彫法をみせる前代の彫刻を脱し、和様彫刻を完成させたといわれる。翌年につくられた西院邦恒(さいいんくにつね)堂の阿弥陀如来像は、後世に「仏の本様(ほんよう)」とあおがれ、定朝の様式はその後1世紀以上、造仏の規範になった。

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