検索
エンカルタ内で検索 : 寝殿造

Windows Live® の検索結果

  • 寝殿造 - Wikipedia

    寝殿造 (しんでんづくり)は、 平安時代 の 貴族 住宅の様式である。 寝殿 (正殿)と呼ばれる中心的な建物が南の庭に面して建てられ、東西に 対屋 (たいのや)と呼ばれる付属的な建物を配し、それらを渡殿(わたどの)でつなぎ、更に東西の対屋から ...

  • 日本史[寝殿造]

    平安時代の貴族住宅の形式。中央に南面して寝殿を建て、その左右背後に 対屋 を設け、寝殿と対屋は廊(渡殿)で連絡し、寝殿 ... 寝殿造 | 書院造 | 数寄屋造 | 近代建築 | 現代建築 | |

  • 平安の貴族の住まいは、寝殿造りというもので、 その広さは位に ...

    平安の貴族の住まいは、 しんでんづくり 寝殿造りというもので、 じゅうたくようしき 平安時代に完成した住宅様式です。 南向きの寝殿を中心に、 さゆうたいしょう 左右対称に建物が建っています。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

寝殿造

寝殿造 しんでんづくり
百科事典項目

平安時代における貴族住宅の形式。平安京の大路小路でかこまれた土地単位である方一町(約120m四方)を敷地の基準とし、東西対称の平面構成と、室内が固定した間仕切によってしきられていない特徴をもつ。

主屋である寝殿は敷地の中心に南面し、その東西に対屋(たいのや)という副屋をおいて、各棟を渡殿(わたどの)という廊でつなぐ。東西の対屋からは南に中門廊がのびて、池がほられた寝殿の南庭を区画し、この中門廊の中ほどにひらかれた中門が建物の入り口の役割をはたす。敷地の周りをかこうには、中門に対応するかたちで東西にだけがひらかれる。建物は古代的な母屋と庇の構成からなり、内部は一室空間であった。板敷床に丸柱からなる内部は、移動可能な建具、調度品、座具により、目的に応じてしつらえられた。

こうした形式は10世紀半ばごろに成立したと考えられているが、実際には左右対称をまもった例は発見されていない。これは儀礼上の使用と平面構成とのずれに原因があるようで、平安中期以降、藤原氏の最有力者がくらした東三条殿(ひがしさんじょうどの)も東側にかたよった配置をもっていた。平安時代末期になると、儀式の衰退と生活様式の変化にともなって、建物の簡略化、儀式の場と居住の場の分離、間仕切の固定化による各室への分化がおこり、この変化は中世住宅の段階をへて書院造へとつながっていく。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft