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  • 文化庁 | 高松塚古墳・キトラ古墳

    高松塚古墳・キトラ古墳の概要、高松塚古墳壁画の保存対策の経緯、高松塚古墳の現場、恒久保存方針、仮設修理施設利用上の留意事項、検討会等、高松塚シンポジウム-石室解体レポート-、国宝高松塚古墳壁画修理作業室の一般公開、キトラ古墳壁画の ...

  • ASUKA/takamatuzuka

    高松塚古墳応急保存対策調査会では、早急に、石室内の三方の壁と天井に描かれた壁画の調査をおこなった。壁画は、男・女の人物群像、四神、日、月、星宿である。男・女の群像は、それぞれ4人一組で、東西の壁に、男子像が南寄りに、女子像が北寄りに ...

  • 高松塚古墳 - Wikipedia

    高松塚古墳 (たかまつづかこふん)は、 奈良県 高市郡 明日香村 ( 国営飛鳥歴史公園 内)に存在する 古墳 。 藤原京期 ( 694年 ~ 710年 )に築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の 円墳 である。

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高松塚古墳

高松塚古墳 たかまつづかこふん
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

奈良県高市郡(たかいちぐん)明日香村にある直径約20m、高さ約5mの円墳で装飾古墳。1972年(昭和47)村史編纂(へんさん)事業として橿原考古学研究所が発掘調査を実施。墳丘下中央に凝灰岩製の石棺式石室がきずかれ、終末期古墳特有の構造から7世紀末~8世紀初頭のものと推定される。石室内部の壁面すべてに漆喰がぬられ、その上に壁画が描かれていた。

のこっていた壁画は、四神のうち東壁の青竜、西壁の白虎(びゃっこ)、北壁の玄武の3神のほか、日輪、月輪、男性4人と女性4人のそれぞれの群像、朱線と金箔(きんぱく)で描かれた天井の星宿(星座)がある。南壁は後世の盗掘によってはがれていたが、おそらく四神の残りのひとつ、朱雀(すざく)が描かれていたとされる。石室からは棺を装飾する金具や白銅製海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)、銀製大刀外装具(たちがいそうぐ)、ガラス玉、琥珀玉(こはくだま)などが出土している。人骨も残存し、鑑定によって推定身長約163cmの熟年男性と判明した。この人骨や築造時期、副葬品などから古墳の被葬者がだれであるか論議をよんだが、現在も確定していない。

壁画図案により中国・朝鮮半島の装飾古墳と密接な関係があることが証明された点で、高松塚古墳の発見は戦後日本の考古学上、最大級のものとなった。また絵画史や美術史、服飾史など多方面にも大きな影響をあたえた。1973年に国の特別史跡に指定され、翌74年には壁画が国宝に指定された。現在、隣接してつくられた高松塚壁画館に壁画の模写や写真パネル、白銅製海獣葡萄鏡などの副葬品のレプリカ、石室内部の原寸模型などが展示されている。

II

石室を解体して壁画を修復

古墳は科学的な保存処置のもとに密閉され、1980年からは1年に1回の定期点検がおこなわれていた。しかし、近年になって石室内に大量にカビが発生、壁画の劣化がかなり進行していることがわかった。2005年(平成17)6月に文化庁は、壁画を修復するため、墳丘土の一部をとりのぞいて石室を解体、壁画を石材ごととりだすことを決定。解体作業は07年4月にはじまったが、修復・保存処理には10年以上かかるとされる。なお、処理後に壁画と石室は元にもどされ、墳丘も復元することになっている。

こうした解体修復には異論も多い。カビの発生をおさえる手段がみつかっていない現状では、古墳に石室をもどしても永続的なものにならないと指摘する専門家もいる。壁画の劣化をかなりはやい段階に確認しながら具体的な対策をとってこなかった文化庁への批判の声は強い。

キトラ古墳

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