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  • 短歌 - Wikipedia

    短歌 (たんか)は、 和歌 の一形式で、五・七・五・七・七の五句体の歌。 記紀歌謡 末期・ 万葉集 初期の作品に成立し、古今を通じ広く行われ、 長歌 が作られることがなくなるにつれて、和歌といえば短歌をさすようになった。

  • NHK短歌|NHK俳句

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短歌

短歌 たんか
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

和歌のうち、5・7・5・7・7の5句31字で構成される短詩をいう。前半の5・7・5を上(かみ)の句とよび、後半の7・7を下(しも)の句とよぶ。平安時代以降つくられた和歌のほとんどが短歌であり、和歌といえば短歌をさすようになったが、明治時代の短歌革新運動をへて、古典和歌だけを和歌とよび、近代短歌については短歌とよぶのが一般的になった。ここでは近代短歌だけをあつかう。

II

短歌革新運動

短歌という文学形式は上代にはじまり、宮廷生活や神事に密接な関係をもちながら発展した。そのため上品で風流である反面、「古今和歌集」以来のきまりきった主題と言葉をつかってよむ習慣がしみこみ、深刻なマンネリズムにおちいっていた。

1890年代から盛んになった短歌革新運動は、短歌再生のために、新鮮な言葉をつかい、題材の範囲をひろげ、個人の実感を自由によむことを主張した。その中で、落合直文を中心とするあさ香社からは与謝野鉄幹がでて、新時代の若者らしい勇壮な短歌をめざして新詩社を結成。彼の妻となった与謝野晶子は恋愛を情熱的にうたって人間性の解放をうったえかけ、多くの若者たちの共感を呼んだ。新詩社はロマン主義のとりでとなり、機関誌「明星」は、短歌ばかりでなく新体詩や西欧文学の紹介、翻訳の発表の場としても重要な役割をはたした。新詩社からでた歌人には北原白秋、窪田空穂(うつぼ)、吉井勇石川啄木らがいる。

これに対して、写実主義をとなえたのが正岡子規の根岸短歌会である。子規は短歌においても写生をとおして感情を表現しようとし、古今集の和歌を排して、「万葉集」の力強さ、素朴さ、多様さにまなぶべきだと説いた。彼の死後、門人の伊藤左千夫は短歌雑誌「アララギ」を刊行し、長塚節らとともに活躍したが、「明星」の勢力にはおよばなかった。ほかにも、より穏健に改革をすすめていこうとする歌人たちがいた。国文学者でもあった佐佐木信綱をはじめとする歌人たちは、竹柏会を結成して機関誌「心の花」を刊行したが、これは佐佐木家に代々うけつがれて今にいたっている。

隆盛を誇った「明星」も、1908年(明治41)に終刊した。短歌界にも自然主義の影響がみられ、石川啄木、土岐善麿、前田夕暮、若山牧水、窪田空穂らを中心に、人生の苦しみや、自分の本当の姿を醜さもふくめて見つめようとする動きが活発になった。それに対し北原白秋や吉井勇は、人生の苦しみに対抗するように、官能的な美の世界を鮮やかにうたいあげた。

III

アララギ派の時代

伊藤左千夫の門下には斎藤茂吉、島木赤彦、中村憲吉、土屋文明、古泉千樫(ちかし)らのすぐれた歌人が多くあらわれた。彼らは子規の写生説を内面化し、自然を写すことで自己の内的生命を表現するものととらえなおした。1916~17年にはアララギ派が歌壇の主流となったが、調べの古風さ、自然をよむ観照的な歌の多さ、教条主義的態度や強い党派性に批判もでた。その中で反アララギ的な歌人は北原白秋を中心に結集し、雑誌「日光」をだして、たがいの芸術的個性を尊重しつつ自由に活動しようとした。アララギに属していた釈迢空は「日光」にうつって特異な個性を発揮した。

昭和期にはいると、プロレタリア文学や口語短歌、自由律短歌などの新しい動きがでて、アララギ派は社会現象もふくめて生活を記録する歌風へと変化していった。いっぽう北原白秋はロマン主義精神の復興をとなえて、木俣(きまた)修、宮柊二(しゅうじ)らの門下生とともに多磨短歌会を結成した。

IV

第2次世界大戦後の短歌

第2次世界大戦中の国粋主義への反感から、戦後になると、短歌を否定する論調が盛んになった。感傷におちいりやすい点や、伝統的情緒に逃げこみがちな点、社会の問題点を批判するよりも現状肯定的になりやすい傾向が、「短歌的抒情」とよばれて標的にされた。これに刺激されて、近藤芳美、宮柊二ら若手の歌人たちは、戦争体験をふまえた現実認識にたって新しい境地をきりひらこうとし、さらに塚本邦雄岡井隆寺山修司らの前衛短歌の大胆な試みもおこなわれた。しかし、現代人にふさわしい形式かどうか、新しい可能性があるかどうかを問われながらも、大衆化社会が進展する中で短歌や俳句は気軽な文芸としてふたたび人気を集めるようになる。俵万智の「サラダ記念日」(1987)がベストセラーになり、若者の間で口語短歌が流行したのもそのひとつの現れである。

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