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  • 中尊寺/境内案内

    中尊寺は天台宗の東北大本山です。寺伝によると、嘉祥3年(850)に天台の高僧・慈覚大師円仁によって開かれました。12世紀のはじめ、奥州藤原氏の初代清衡公が、前九年・後三年の合戦という東北地方で長く続いた戦乱で亡くなった人の霊を慰め、仏国土を ...

  • 中尊寺 - Wikipedia

    中尊寺 (ちゅうそんじ)は、 岩手県 西磐井郡 平泉町 にある 天台宗 東北大本山の寺院。奥州観音札所番外。山号は関山(かんざん)、本尊は 阿弥陀如来 。開山は寺伝では 円仁 (慈覚大師)とされるが、実質的な開祖は 藤原清衡 である。

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中尊寺

中尊寺 ちゅうそんじ
百科事典項目

岩手県西磐井(にしいわい)郡平泉町にある天台宗の東北大本山。山号は関山。前九年の役後三年の役以来の敵味方の霊をとむらうため、1105年(長治2)藤原清衡が建立。堂宇は25年(天治2)ほぼ完成し、以後も基衡・秀衡によって造営がつづけられ、堂塔40余宇、僧坊300余宇の大寺院となった。1337年(延元2・建武4)野火で堂塔の大半を焼失し、創建当初のものは金色堂(こんじきどう:国宝)と経蔵(重要文化財)だけである。

中尊寺は現在、約110haの境内地に1909年(明治42)再建の本堂、金色堂、不動堂、収蔵および展示館である讃衡蔵(さんこうぞう)といった主要堂舎があるが、59年(昭和34)からはじまった発掘調査により伝古経蔵跡、伝金堂跡、伝多宝塔跡、三重の池跡などが検出され、主要な遺構が現在の建物や支院と重なって未確認とはいえ、その規模の壮大さがいっそうはっきりしてきている。なお、境内をふくむ一帯は特別史跡に指定されている。

金色堂は光(ひかり)堂ともいわれ、1124年(天治元)に清衡によって造立された、方三間、宝形造(ほうぎょうづくり)の阿弥陀(あみだ)堂である。堂の四壁と内部の床・天井を黒漆でぬり、金箔をおしたことから名づけられた。内部中央と左右の3つの須弥壇(しゅみだん)の下にはそれぞれ清衡・基衡・秀衡3代のミイラをおさめている。各須弥壇には阿弥陀三尊・六地蔵・二天王像を安置する。堂内の長押(なげし)、柱、須弥壇などに金蒔絵螺鈿などをほどこし、要所に宝相華文(ほうそうげもん)を透し彫りした金具をうって装飾するなど、平安末期の工芸の粋をあつめたものといえる。1288年(正応元)に北条氏が覆(さや)堂を建立して金色堂をおおったが、現在は新しいものにかわった。

そのほか、「中尊寺経」と俗称され現在はその大部分の4200巻を高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)で保管している「紺紙金字一切経」(国宝)は、清衡以下3代がおさめたものとして有名。中尊寺では、今日15巻の「中尊寺経」を所蔵している。

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