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  • 気象庁 | 潮汐・海面水位のデータ 潮位表(南西諸島)

    南西諸島各地における潮位の予測値(天文潮位)を掲載しています。 解説 ... ・潮位の観測値(実測潮位)については、 潮汐観測資料 (2009年10月以降は 速報値 )をご覧ください。 ・最新の潮位の実況(昨日 ...

  • 南西諸島エコリージョン|WWFジャパン

    九州から台湾にかけて連なり、温帯と亜熱帯、双方の気候と動植物相をあわせもつ南西諸島は、世界的に見ても貴重な自然環境が残る場所です。WWFはこの南西諸島の自然を、世界的に重要な自然の一つと考え、その保全を目指しています。世界に誇ることの ...

  • Google マップ - ストリートビュー

    ストリートビューの対応エリアが拡大 2008 年 8 月に札幌、小樽、仙台、東京、千葉、さいたま、横浜、川崎、鎌倉、大阪、京都の12都市でサービス開始。 現在では、名古屋エリア、沖縄エリア、南西諸島の一部エリア、長崎、佐世保エリア、旭川、富良野 ...

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南西諸島

南西諸島 なんせいしょとう
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

九州南方沖から台湾東方沖まで約1200kmにわたって点在する島々の総称。北から大隅諸島トカラ列島奄美諸島沖縄諸島宮古列島八重山列島と弧状につらなり、太平洋上に大東諸島、東シナ海に尖閣諸島がある。古くは南島(なんとう)とよばれ、大東諸島と尖閣諸島をのぞく弧状列島には琉球列島の名もある。沖縄島を境に鹿児島県側は薩南諸島、沖縄県側は琉球諸島と総称される。東部にある大東諸島は沖縄諸島にふくまれることが多く、南端の宮古列島、八重山列島、尖閣諸島をあわせて先島諸島ともよぶ。

II

地形

地形と地質の特質から3列に区分される。東シナ海側の内帯(ないたい)は新しい火山島列で、硫黄島、口永良部島、中之島、諏訪之瀬島、硫黄鳥島(とりしま)など現在も活動中の火山が多い。中央帯は古い堆積(たいせき)岩や深成(しんせい)岩からなり、屋久島奄美大島、沖縄島北部など比較的高い山地が占める。太平洋側の外帯(がいたい)は第三紀の堆積岩からなり、種子島や隆起サンゴ礁沖永良部島宮古島など低平な島が多い。外帯の東側にそって南西諸島海溝がのびる。

III

自然と産業

全域が亜熱帯気候に属し、黒潮の影響をうけて気候は温暖。陸地にはアダンやソテツなどの亜熱帯植物がしげり、河口にはマングローブ林、海岸にはサンゴ礁が発達する。島ごとに固有の植生や動物種がみられ、霧島屋久、西表(いりおもて)の2国立公園と奄美群島、沖縄海岸の2国定公園などに属する景勝地が多い。

奄美諸島以南ではサトウキビ栽培や畜産が主産業で、熱帯果樹と花卉(かき)栽培や野菜の促成栽培も盛ん。ほぼ全域で観光開発がすすむ。

IV

歴史

奄美諸島以南の島々のほとんどは14世紀末までに琉球王国に服属していたが、1609年(慶長14)薩摩藩の琉球支配がはじまり奄美諸島は薩摩藩直轄地とされた(琉球征服)。沖縄島以南には琉球王府が存続し薩摩藩支配下で清国とも進貢(しんこう)や冊封関係をつづけたが、明治維新後の1872年(明治5)琉球藩がおかれ、79年には軍や警察の圧力で沖縄県が設置された(琉球処分)。明治から昭和にかけて、経済開発から一貫してとりのこされた。さらに沖縄本島と周辺の島々は第2次世界大戦末期の沖縄戦で戦場となり、壊滅的打撃をうけた。

戦後は北緯30度以南の南西諸島全域(鹿児島県のトカラ列島と奄美諸島、沖縄県)がアメリカ軍の軍政下にはいって、沖縄民政府、宮古民政府、八重山民政府、臨時北部南西諸島政庁(のち各群島政府をへて琉球政府に統合)がおかれた。トカラ列島は1952年(昭和27)2月10日に日本に復帰し鹿児島県十島村となり、53年12月25日には奄美諸島全域が日本復帰をはたした。沖縄県の日本復帰はさらに20年近くのちの72年5月15日に実現した。

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