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Windows Live® の検索結果 京都市中京区二条城町にある近世城郭。徳川家康が上洛の際の宿所用に築城したもの。将軍就任の儀式用という目的もあったと推定される。関ヶ原の戦の翌年、1601年(慶長6)、諸大名に造営費を課して築城を命じ、翌年にはほぼ完成。3代将軍徳川家光の時代に拡張、整備された。 はじめは5層の天守閣もあったが、1750年(寛延3)に落雷で焼失、88年(天明8)、京都の大火では二の丸御殿をのこしてほとんどを焼失した。以後は14代将軍徳川家茂まで将軍の上洛はなく城代がおかれていた。1867年(慶応3)15代徳川慶喜はこの城で大政奉還の上表をおこない、将軍を辞した。 1871~85年(明治4~18)に京都府庁舎になり、その後宮内省所管となり二条離宮とよばれたが、1939年(昭和14)、京都市に移管され、一般に公開されている。織田信長が将軍足利義昭のためにきずいた二条城(二条御所)とは別のものである。 国宝の二の丸御殿は城郭内御殿のほとんど唯一の遺構で、桃山時代の書院造の形態をつたえる貴重なもの。城地は史跡指定されており、二の丸庭園は江戸初期の代表的なものとして特別名勝である。
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