検索
エンカルタ内で検索 : 日光東照宮

Windows Live® の検索結果

  • 日光東照宮 公式ページ

    世界遺産日光東照宮公式ホームページ、東照宮の行事や関連施設の紹介など ... 日光東照宮は、元和3年 (1617)徳川家康公を奉祀し創建されました神社であります。二代将軍秀忠公により造営された創建当初の ...

  • 日光東照宮 晃陽苑

    日光東照宮直営ホテルです。東照宮での挙式や披露宴ができます。 ... 四万坪の敷地の中に四季折々の自然とゆったりとした時間を感じられる「日光東照宮」直営の施設です。

  • 日光東照宮ホームページ

    日光東照宮は、日光霊峰の山懐聖地恒例山にあり、中禅寺湖から流れる大谷川と女峰山から流れる稲荷川との河合いの山岳水明の地に鎮座します。神域は、樹齢400?800年神杉につつまれ、その中に点在する社殿群は自然環境と見事に融合する宗教的文化空間 ...

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

日光東照宮

日光東照宮 にっこうとうしょうぐう
百科事典項目

栃木県日光市山内にある徳川家康をまつった神社。家康の遺言は、遺骸を駿河国久能山(くのうさん:静岡市)に埋葬し、葬儀は江戸の増上寺でとりおこない、位牌を三河国大樹(たいじゅ)寺にたて、1周忌後に下野(しもつけ)国日光山に小堂をたてるというものだった。日光山ははやくから知られた神仏混淆(こんこう)の霊場で、関東の名山として武家の信仰をあつめていた。1616年(元和2)4月17日に死去した家康は久能山に神としてまつられ、朝廷から東照大権現(だいごんげん)の神号をうけた。その年のうちに日光山で工事が開始され翌年落成、東照社と称され、家康の遺骸は1周忌を機に久能山から改葬された。

家康を深く尊敬する3代将軍家光は、1634年(寛永11)に幕府の総力をあげて大改築をおこなった。工事資金は金56万8000両、銀100貫目、米1000石にものぼり、延べ450万人が動員され、工期はわずか17カ月というスピード工事だった。その後、数回改修工事がおこなわれているが、現在の社殿はこのとき以来のものである。

1646年(正保3)以降、毎年、朝廷から日光例幣使が派遣されるようになり、幕末までつづいた。将軍や諸大名の参詣は日光社参とよばれ、そのために日光道中が整備された。現在5月17日におこなわれる千人武者行列は、2代将軍秀忠の最初の社参行列をつたえたものといわれる。諸大名はきそって領内に東照宮を勧請(かんじょう)したため、全国各地に東照宮が存在する。

日光東照宮の建築は、石鳥居から表門、色彩豊かな陽明門をへて本殿にいたる部分と、本殿の背後にある奥社にわけられる。本殿と拝殿の間を石の間でむすび、エの字形につらねた本社は、権現造(ごんげんづくり)の典型で、正面・背面の唐門、東西透塀(すきべい)、陽明門、東西回廊はいずれも国宝である。また、日光へむかい今市(いまいち)で合流する3本の街道の杉並木は、1625年(寛永2)以降、松平正綱が寄進したものである。

明治維新後は神仏分離によって、輪王寺二荒山神社から分離して別格官幣社となり、堂塔のうち薬師堂、鐘楼、鼓楼、五重塔はのこされて神仏習合の様相をとどめている。1999年12月に二荒山神社、輪王寺とともに日光の社寺として世界遺産に登録された。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft