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  • 野々村仁清 - Wikipedia

    野々村仁清 ( ののむら にんせい 、生没年不詳)は、 江戸時代 前期の陶工。通称、 清右衛門 。 京焼色絵陶器の大家。 丹波国 桑田郡 野々村(現・ 京都府 南丹市 美山町 旧大野村)の生まれ。若い頃は粟田口や瀬戸で陶芸の修業をしたといわれ、のち京都に ...

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野々村仁清

野々村仁清 ののむらにんせい
百科事典項目

生没年不詳。江戸前期の陶工。丹波野々村の出身と推定され、京都の粟田口などで修業をつんだのち、1647年(正保4)ごろ仁和寺門前に開窯した。茶人の金森宗和の指導のもとに、茶壺、茶入、茶碗、水指(みずさし)など華麗な意匠をもりこんだ数々の茶器をつくり、貴族をはじめ、大名や京坂の豪商などにひろく愛用された。56年(明暦2)に宗和が没してからは「錦手」「赤絵」という多彩な色絵を主体としていく。

弟子のひとりであった尾形乾山の「陶工必用(とうこうひつよう)」によると、仁清は、俗名を野々村清右衛門といい、仁和寺の「仁」と清右衛門の「清」の字をあわせて「仁清」と称し、自製の陶器の印銘にもちいたといわれている。

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