検索
エンカルタ内で検索 : 英一蝶

Windows Live® の検索結果

  • 英一蝶 - Wikipedia

    英 一蝶 (はなぶさ・いっちょう、 承応 元年( 1652年 ) - 享保 9年 1月13日 ( 1724年 2月7日 ))は、 江戸時代 の絵師。 大阪 の生まれ。本名は「多賀信香」(もしくは藤原信香)か。幼名は猪三郎、次右衛門、助之丞。多賀朝湖、号暁雲、藤原信香、牛麻呂 ...

  • 英一蝶

    (はなぶさいっちょう) 英一蝶(1652-1742)は、伊勢亀山藩石川侯の侍医の子として、京都に生まれた。幼少期に家族とともに江戸へ移住後、絵に興味を持ち始め、狩野派の門を叩いて幕府御用絵師の狩野安信に絵を学んだ。瀟洒(しょうしゃ)な ...

  • 英一蝶のこと

    あまり作品のことばかり話をしていても堅苦(かたくる)しくなってしまうので、今回はひとりの絵描きに絞(しぼ)って説明することにしましょう。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

英一蝶

英一蝶 はなぶさいっちょう
百科事典項目

1652~1724 江戸中期の画家。医者多賀伯庵の子として京都に生まれ、8歳(一説に15歳)のときに江戸に移住して、狩野安信に絵をまなんだ。俳諧をこのみ、俳号を暁雲と称して、松尾芭蕉とその弟子たちともしたしくまじわった。

作画においては、江戸の市民生活を軽妙な筆致でえがく都市風俗図に新展開をみせた。1698年(元禄11)将軍綱吉の生母桂昌院の周辺をまきこんだ醜聞事件に連座して、伊豆三宅島に配流されたが、1709年(宝永6)将軍代替の大赦により江戸にもどり、多賀朝湖から英一蝶に画名をかえて、多くの名作を生みだした。

代表作に、配流前の「朝暾曳馬図(ちょうとんえいばず)」、「島一蝶」とよばれる配流中の作品「四季日待図」(国指定重要文化財)「布晒舞図(ぬのさらしまいず)」、英一蝶時代の「雨宿り図屏風」「月次(つきなみ)風俗図屏風」などがある。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft