検索
エンカルタ内で検索 : 速水御舟

Windows Live® の検索結果

  • 速水御舟『炎舞』

  • 美の巨人たち

    速水御舟は全身でその答えを模索した男です。 精密に、丹念に。自在に操る、御舟の色と形。 その先に、見つめていたもの。 京都市北区、ひっそりと佇む地蔵院には、かつて一本の椿の老木がありました。

  • 速水御舟 - Wikipedia

    速水 御舟 (はやみ ぎょしゅう、 1894年 ( 明治 27年) 8月2日 - 1935年 ( 昭和 10年) 3月20日 )は 大正 期~ 昭和 初期の 日本画家 である。本名は 蒔田 栄一 (まきた えいいち)。 1894年(明治27年)8月2日、 東京 浅草 に生まれる。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

速水御舟

速水御舟 はやみぎょしゅう
百科事典項目

1894~1935 日本画家。本名栄一。東京に生まれる。1908年(明治41)松本楓湖(ふうこ)の画塾に入門し、14年(大正3)母方の姓速水を名のって、御舟と号するようになった。同年、再興した日本美術院の第1回展に出品するかたわら、今村紫紅らと研究会赤曜会を結成。17年には第4回院展に出品した「洛外六題」が評価されて同人におされた。19年浅草で市電にひかれて左足をうしなったが、翌年の第7回院展に「京の舞妓」を出品、その徹底した写実表現が論議の的となった。

1925年、代表作のひとつとなる「炎舞」では、日本画の限界といえる細密な写実描写をくわえながら、象徴的な表現を達成。その後も院展に「翆苔緑芝(すいたいりょくし)」(1928)、「名樹散椿」(1929)など屏風の大作を出品したが、35年(昭和10)チフスのために急逝した。大正、昭和初期の日本画における写実表現の可能性をもっとも先鋭的にこころみ、きわめて質の高い作品をのこした孤高の画家であった。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft