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Windows Live® の検索結果 1728~79 江戸中期の博物学者・戯作者(→ 戯作)。名は国倫(くにとも)、通称源内、鳩渓(きゅうけい)と号した。風来山人・福内鬼外などの筆名ももちいた。高松藩の足軽の子として生まれ、長崎留学後、江戸にでて本草(ほんぞう)学や儒学をまなぶ。 1757年(宝暦7)師の本草学者田村藍水(らんすい)とともに日本で最初の物産会を開催し、のち出品物の解説集「物類品隲(ぶつるいひんしつ)」を刊行。61年に高松藩を離職、浪人の身で輸出用の陶器製作や毛織物生産、秩父・秋田での鉱山開発などをてがけるが失敗におわる。アスベスト(石綿)で耐火織物の火浣布(かかんぷ)を製作したり、エレキテルと称する静電気発生装置での医療を宣伝したりもしたが、世間の注目をあつめたにすぎなかった。 滑稽(こっけい)本の「根南志具佐(ねなしぐさ)」「風流志道軒伝」や浄瑠璃「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」では文才を発揮し、風刺のきいた狂文集「放屁論」など、文学者としては独自の成果をあげている。また西洋画を習得して、小田野直武ら秋田蘭画に影響をあたえた。あやまって人を殺したことから、小伝馬(こでんま)町の牢内で病死をとげた。
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