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  • 法隆寺

    奈良県生駒郡斑鳩町。聖徳宗総本山。世界最古の木造建築を誇る日本最初の世界文化遺産。略縁起、法隆寺の四季、境内図、交通案内。

  • 法隆寺 - Wikipedia

    法隆寺 (ほうりゅうじ) は、 奈良県 生駒郡 斑鳩町 にある 聖徳宗 の 総本山 である。別名を斑鳩寺(いかるがでら)という。

  • 世界遺産(世界文化遺産)法隆寺地域の仏教建造物

    各建物の紹介と解説、仏像の紹介、聖徳太子の生涯。

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法隆寺

法隆寺 ほうりゅうじ
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

奈良県生駒郡(いこまぐん)斑鳩町にある聖徳宗の大本山。斑鳩寺(いかるがでら)などともいう。1993年(平成5)に法起寺(ほっきじ)などとともに「法隆寺地域の仏教建造物」として、日本ではじめての世界文化遺産(世界遺産)に登録された。

日本書紀」には606年(推古14)に播磨国の水田100町が斑鳩寺に施入されたとあり、金堂の薬師如来光背銘には、用明天皇が病気回復をいのって造寺を発願(ほつがん)し、天皇がなくなったあと607年に推古天皇聖徳太子が遺志をついで建立したとする。不明な点も多いが、推古天皇の時代の成立で、かつ斑鳩宮近くにあることから、これらはある程度みとめられるだろう。

670年(天智9)、伽藍のすべてを落雷で焼失。これは若草伽藍とよばれるもので、主軸を西に約20度かたむけた四天王寺式の寺院だった。焼失直後から再建に着手し、711年(和銅4)ごろまでに4度西にかたむいた現在の伽藍がととのったらしい。この伽藍は塔と金堂を左右に並立させた法隆寺式だった。しかし建物には前代の飛鳥時代様式がもちいられており、これは法隆寺にまつわる聖徳太子信仰が成立していたためと推測される。

聖徳太子を厚く信仰した僧の行信(ぎょうしん)は、739年(天平11)に斑鳩宮の跡地に八角円堂の夢殿(ゆめどの)を中心とした上宮王院(じょうぐうおういん:東院伽藍)を造営し、太子ゆかりの品々を多く収集・献納した。これが現在の法隆寺宝物の中心となっている。

923~925年(延長元~3)に講堂、僧坊の一部が炎上し、このときの修理、修復で講堂が8間から9間に拡張されたり、西院伽藍の回廊の長さが一部変更された。平安末期には聖徳太子をまつる聖霊院(しょうりょういん)が造営され、鎌倉時代には三経院(さんぎょういん)、西円堂(さいえんどう)などがたてられた。その後も小修理、改築はあったが大きな火災もなく、政府、摂関家、幕府などの保護もうけ、「聖徳太子絵伝」を秦致貞(はたのむねさだ:致真とも)が絵殿(えでん)におさめるなど多くの太子信仰者にまもられてきた。慶長年間(1596~1615)、元禄年間(1688~1704)に大修理をうけて伽藍を保持し、昭和期にも大修理(1933~53)がおこなわれている。

II

再建非再建論争

「日本書紀」には670年(天智9)に斑鳩寺が焼失したとしるされている一方、「法隆寺資材帳」(747)では火災のことがまったくふれられていない。こうしたことから、西院伽藍が推古天皇の時代に創建されたものか、あるいは再建されたものかという論争が明治中期におこり、建築様式論などをふまえた再建非再建論争が約半世紀にわたってくりひろげられた。再建説は喜田貞吉、非再建説は関野貞が中心になり、考古学、歴史、美術史、建築史の学者たちをまきこんでの論争だったが、1939年(昭和14)、石田茂作によって西院伽藍東南方の若草伽藍跡が発掘調査されてから、670年(天智9)に若草伽藍が焼失し、西院伽藍はそれ以降に再建されたとする再建説が定説化した。

2001年(平成13)には奈良国立文化財研究所(現、奈良文化財研究所)が、五重塔の心柱(しんばしら)を年輪年代学の測定法(→年代測定法の「年輪年代法」)によって科学的に調査し、心柱のヒノキ材は594年(推古2)ころに伐採されたものとの結果をえた。これは607年ころといわれる創建年代よりもさらに古いもので、再建説を支持するものとはならなかった。しかし、同研究所ではその後、昭和大修理などでとりかえられた五重塔の垂木板(たるきいた)などの年輪年代測定をすすめ、2003年(平成15)7月に現在の五重塔が663年(天智2)以降に建設された可能性が高いと発表。さらに2004年(平成16)7月にも金堂、五重塔、中門のヒノキやスギの部材を測定し、金堂の部材が668~669年(天智7~8)、五重塔のものが673年(天武2)、中門のものが685年ころに伐採されたと発表、670年(天智9)の火災以後に再建されたとする再建説が決定的なものとなった。

III

文化財

所蔵品のうち、国宝、重要文化財指定は数百点にのぼる。

1

建築

金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とする東院伽藍に大別される。西院伽藍の中心となる金堂、五重塔、中門、回廊は寺内最古の建造物群で、とりわけ金堂の創建期は7世紀中ごろから後半にさかのぼると考えられ、世界最古の木造建築として広く世に知られる。西院ではそのほかに、西室(にしむろ)および三経院、東室、聖霊院、食堂(じきどう)、綱封蔵(こうふうぞう)、鐘楼、経蔵、南大門、西円堂、大講堂など、奈良時代から室町時代にかけての建造物が多数のこっている。

東院伽藍は聖徳太子の斑鳩宮跡に造営されたとつたえられる。その中心に位置する夢殿は739年(天平11)ごろに創建された八角円堂で、聖徳太子追慕のために建立された可能性が高い。同じく東院の伝法堂は奈良時代の遺構では唯一の住宅風建築として貴重である。

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