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項目構成
飛鳥時代にさかのぼる名品が多い。金堂の鞍作止利作・釈迦(しゃか)三尊像は623年(推古31)に造立され、像容は中国北魏の様式にのっとっている。金堂にはほかにも、607年銘の薬師如来座像、四天王像があるが、薬師如来像に関しては銘文の年代と技法の遊離が指摘されている。また百済観音の名で知られる観音菩薩立像や救世観音(ぐぜかんのん)の異名をもつ夢殿の観音菩薩立像も著名である。 白鳳時代(はくほうじだい)の遺品には光明皇后の母、橘三千代(たちばなのみちよ)の念持仏(ねんじぶつ)とつたえられる阿弥陀三尊像や、夢違観音の名で有名な観音菩薩立像がある。奈良時代の遺品では五重塔初重の四面にそれぞれ維摩(ゆいま)・文殊(もんじゅ)の問答、釈迦涅槃(ねはん)、分舎利、弥勒(みろく)浄土を塑像であらわした塔本四面具が第1にあげられる。その他、西円堂の薬師如来座像、伝法堂の阿弥陀三尊像、上堂の釈迦三尊像、夢殿の行信僧都座像などがある。 平安時代の遺品も多彩で、金堂の地蔵菩薩立像、毘沙門・吉祥天立像や大講堂の薬師三尊像、夢殿の道詮律師座像などがある。なお太子信仰の隆盛から、聖霊院の太子講讃像をはじめ、夢殿の太子孝養像、絵殿の太子座像、南無仏太子像などさまざまな聖徳太子像がのこる。
玉虫厨子(飛鳥時代)が著名である。これは古代建築をかたどった宮殿型の厨子と台座からなり、厨子の飾りには名称の由来となった玉虫の翅がしかれていた。さらに須弥座(しゅみざ)四面には本生図(ほんじょうず:→ ジャータカ)および霊鷲山(りょうじゅせん)浄土図が色漆で描かれている。同じく重要な作品として金堂壁画(白鳳時代)がある。これは金堂外陣をめぐる柱間(はしらま)の大小12面の壁に描かれたもので、大壁にはそれぞれ釈迦、阿弥陀、薬師、弥勒の四仏浄土図を、小壁には8体の菩薩像をあらわしていた。西域風の暈(くま)取りがほどこされ、熟達した鉄線描で描かれた諸尊の像容は、初唐絵画の影響を濃厚につたえるものだった。残念ながらこれらの壁画は1949年(昭和24)の火災でうしなわれたが、飛天図を描いた小壁は罹災(りさい)をまぬがれている。なお、この金堂壁画焼失事件をきっかけに翌50年に文化財保護法が制定された。仏画ではほかにも、星曼荼羅図(ほしまんだらず)、法華曼荼羅図(いずれも平安時代)、孔雀明王図(くじゃくみょうおうず:鎌倉時代)などの密教画も伝来する。 そのほか工芸では、ササン朝ペルシャ風の意匠をもつ四騎獅子狩文錦(しきししがりもんにしき:唐時代)や百万陀羅尼塔(だらにとう)、多数の伎楽面(ぎがくめん)、舞楽面、法具類(いずれも奈良時代)がある。
法隆寺は1878年(明治11)に寺宝の一部を宮内省に献納したが、第2次世界大戦後は国有となり、現在は東京国立博物館が300余点を保管陳列している。飛鳥・白鳳時代の「四十八体仏」などの仏像、東院絵殿旧蔵の「聖徳太子絵伝」などの絵画、「法隆寺献物帳」などの書跡のほか、仏具、伎楽面、楽器、武器、服飾など多岐にわたる遺品は、正倉院宝物とならんできわめて貴重である。 → 日本美術
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