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Windows Live® の検索結果 第2次世界大戦末期の1945年(昭和20)7月17日から、ベルリン郊外のポツダムに、アメリカ、イギリス、ソ連の3首脳があつまり、主要には、ドイツの戦後処理の基本をさだめたヤルタ会談の具体化について協議した(→ ポツダム会談)。その中で、日本に対する降伏勧告の共同宣言も決定され、蒋介石中華民国総統の同意をえて、7月26日、米・英・中3国首脳の名で発表された。ソ連は、日ソ中立条約のために、この宣言にはくわわらなかったが、対日参戦については、テヘラン会談、ヤルタ会談の決定を再確認した。 ドイツはすでに降伏しており、この宣言は、大戦終結にむけての連合国側の最終条件となった。日本はいったんは黙殺したが、広島・長崎への原爆投下(8月6日、8月9日)やソ連の対日参戦(8月8日)にあい、最終的に同年8月14日、天皇の決断という形式をとって受諾し降伏した。 宣言は13項目からなり、そのうち戦争終結の条件として、軍国主義の永久除去、連合国による日本占領、日本の主権の本州・北海道・九州・四国への制限、軍隊の完全武装解除、戦争犯罪人の処罰と民主化・基本的人権の尊重、賠償の実施と軍需産業の禁止、平和的政府樹立後の占領軍の撤退をあげ、そのためにすみやかな軍隊の無条件降伏を要求した。この宣言の内容は、戦後の連合国の日本占領政策の骨格となる。 → GHQ
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