検索
エンカルタ内で検索 : 円山応挙

Windows Live® の検索結果

  • [応挙のお話:円山応挙について] 大乗寺 円山派デジタル ...

    円山応挙について 円山応挙は江戸時代中期に活躍した画家で、それまでの踏襲と伝授を主としていた日本の絵画の世界に、新しい考え方と技法を取り入れ、従来にない絵画表現を完成させた画家である。

  • 大乗寺 円山派デジタルミュージアム

    大乗寺,円山派,円山応挙,ミュージアム, ... 2009年11月15日 NEW 「医学と芸術」展(森美術館) 2009年10月12日 NEW 「三井家のきものと下絵」展 (文化学園服飾博物館)

  • 円山応挙 - Wikipedia

    円山 応挙 [圓山應擧](まるやま おうきょ、 享保 18年 5月1日 ( 1733年 6月12日 )- 寛政 7年 7月17日 ( 1795年 8月31日 ))は、 江戸時代 中期の 絵師 。 近現代の 京都画壇 にまでその系統が続く「 円山派 」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色で ...

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

円山応挙

円山応挙 まるやまおうきょ
百科事典項目

1733~95 江戸中期の画家。幼名岩次郎、名は(てい)。字(あざな)に仲均、仲選、号に一嘯、夏雲、仙嶺などがあるが、1766年(明和3)に名を応挙とあらためてからは、一貫して応挙の落款(らっかん)をもちいている。

丹波国穴太(あのう)村の農家に生まれ、15、6歳のころ京都にでて、石田幽汀(ゆうてい)に絵をまなんだ。狩野派の画法を基礎に、三井家など新興の町人層の感覚にあった平明で情趣的な新様式を確立し、その後の京都画壇に大きな影響をあたえた。

覗機械(のぞきからくり)用の眼鏡絵制作を通じて、西洋画の空間表現にふれ、また庇護をうけた円満院祐常法親王の影響などから、経験主義的な写実の重要さを認識。多くの写生をのこすとともに、中国の古画や清時代の写実的な花鳥画なども研究した。代表作に「藤花図屏風」「雪松図」「雨竹風竹図屏風」「保津川図屏風」、大乗寺の障壁画などがある。

円山四条派

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft