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Windows Live® の検索結果 密教で修法(すほう)をおこなうときにもちいる悟りの境地をえがいた仏画。曼陀羅とも書く。サンスクリットのマンダラの音写で、原義は「円いもの」を意味し(「本質をもつ者」とする説もある)、輪円具足(りんえんぐそく)とも訳される。インド密教では清浄な地に壇をきずいて如来や菩薩などの像をおき、この壇を曼荼羅とよんだ。のちに諸仏を絹や紙にえがいたものも曼荼羅とよばれるようになった。 インドの壇にはじまった曼荼羅は、大乗仏教に密教的な要素が強まるにつれて発展した。7~8世紀には、「大日経」が成立して胎蔵界曼荼羅が、「金剛頂経」の成立で金剛界曼荼羅がつくられた。この2つを両界曼荼羅という。胎蔵界曼荼羅は白蓮にすわる大日如来をかこむ4如来と4菩薩を中心に444の仏像がえがかれ、「理」をあらわす。金剛界曼荼羅は画面が9分割されてそれぞれが観想の場をあらわす曼荼羅になっていて、「智」を象徴する。えがかれている仏像数は1461。 インドでは修法をおこなうたびに壇はとりこわされていたが、中国唐代に純密がつたえられ隆盛となると、壇は堂内に常時おかれ、両界曼荼羅も完成をみた。しかし密教第7祖の恵果(けいか)の死後、中国では密教が急速に衰退したため、敦煌の遺品などわずかな例しかのこっていない。純密の伝統は恵果の弟子となった空海によって日本でうけつがれた。中国、日本では曼荼羅は一般に図絵をさし、灌頂などの儀式や観想につかわれた。またチベット仏教でも、図絵の曼荼羅が盛んにえがかれた。 曼荼羅は表現の様式によって大きく4つにわけることができる。(1)諸尊の形像を図絵にした大曼荼羅(尊形曼荼羅)。東寺の伝真言院両界曼荼羅など。(2)諸尊を形像の代わりに標幟(ひょうし:法輪や蓮華などのシンボル)であらわした三昧耶(さんまや)曼荼羅。加西市法華寺の三昧耶曼荼羅など。(3)諸尊を種子(しゅじ:梵字)であらわした法曼荼羅。金剛福寺の理趣経曼荼羅など。(4)諸尊の彫像によってあらわした羯磨(かつま)曼荼羅。東寺の講堂内の群像など。 両界曼荼羅が密教的世界の全体をあらわすのに対し、如来や菩薩など個別の本尊を中心にすえた別尊(べっそん)曼荼羅も多くつくられた。これらは修法や祈祷(きとう)の目的に応じてつかいわけられる。
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