項目構成
現存する最古の歌集で、7世紀半ばから8世紀半ばにかけてよまれた4500余首の歌が20巻におさめられている。「万葉集」の意味は、万(よろず)の言(こと)の葉をあつめたものとする説と、万世(よろずよ)につたわれとの願いから題されたとする説がある。長年にわたる数次の編纂をへて8世紀末ごろに現在のようなかたちをとるようになったとされる。編纂には大伴家持が多くの部分にかかわったと考えられる。勅撰と私撰の両説があり、巻17以降は家持の歌日記の性格をもつ。作者は天皇から庶民までとひろく、生活に密着した歌が多い。表記は、漢字の音と訓を表音的にもちいた、いわゆる万葉仮名でなされている。万葉仮名は、日本が固有の文字をもたなかったために、中国大陸から渡来した漢字を日本語の表記に応用したもので、この表記法によっているため、平安時代にはすでに読解がむずかしくなっており、訓読がこころみられている。
歌のかたちには5・7・5・7・7からなる短歌、5音・7音の句を7句以上重ねていく長歌を中心に、5・7・7・5・7・7の旋頭歌(せどうか)、5・7・5・7・7・7の仏足石歌(ぶっそくせきか)などがあり、それらの組み合わせ、問答でひとつのかたちをなすものもある。内容面からは、恋の掛け合いをよんだ相聞、死をいたんでよんだ挽歌、雑歌(ぞうか)に大別される。また表現の仕方によって正述心緒(ただにおもいをのぶ)歌、寄物陳思(ものによせておもいをのぶ)歌、譬喩(ひゆ)歌などに分類することもある。
1世紀以上にわたる作歌年代は、古代国家形成から律令制の成立という政治の激動期にあたり、ふつう4期にわけられる。
第1期は舒明(じょめい)天皇即位(629)から壬申の乱(672)までで、大陸文化の刺激をうけ、和歌が伝承的、集団的な歌謡の面影をのこしながら、個人の心情の表現へと推移していくころにあたる。宮廷を中心に儀礼の場でよまれた集団的、呪術(じゅじゅつ)的要素の強い歌が多く、清新さ、素朴さ、豊潤さがのびのびとした強い調べで表現されており、古代的な美しさをもっている。代表歌人は舒明天皇、天智天皇、有間皇子、額田王など皇族に多い。
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