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  • 東福寺 文化財

    絹本著色 聖一国師像 重要文化財 室町 開山聖一国師の画像。画聖・明兆(兆殿司、1352-1431)の作になり、その活躍時期から国師の死後百年を経た図ですが、鮮やかな色彩、迫力と写実性があり、肖像画家としての明兆の力量のほどを示す優れた頂相です。

  • 明兆|水墨画作品美術館

    水墨画の代表的画家・明兆 ... 明兆 吉山 明兆(きつさん みんちょう、正平7年/文和元年(1352年) - 永享3年8月20日(1431年9月26日))は、室町時代前・中期の画僧。

  • 吉山明兆 - Wikipedia

    吉山 明兆 (きつさん みんちょう、 正平 7年/ 文和 元年( 1352年 ) - 永享 3年 8月20日 ( 1431年 9月26日 ))は、 室町時代 前・中期の画僧。 淡路国 (現 兵庫県 )出身。 臨済宗 の 東福寺 に入り、 大道一以 の画法を学んだ。

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明兆

明兆 みんちょう
百科事典項目

1352~1431 南北朝から室町初期の画僧。道号は吉山、破草鞋(はそうあい)。淡路島に生まれ、同地の安国寺開山、大道一以のもとで禅宗の修行をし、その縁で京都の東福寺にうつって、多くの仏画や道釈(どうしゃく)画の制作に従事した。同寺では殿司(でんす:堂の管理)の職についたことから、通称を兆殿司といった。代表作に「五百羅漢図」50幅(1383~86)、「大道和尚像」(1394)、「大涅槃(ねはん)図」(1408)、「聖一国師岩上図」などがある。

宋や元の仏画を範とする着色画が多いが、新来の水墨技法にもかなりの理解をしめし、宋元文化受容期の先駆者のひとりとして活躍した。「渓陰小築図」には明兆筆の伝承があるが、明兆が水墨山水画をえがいたという確証はない。

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