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  • 木喰 - Wikipedia

    当初「 木喰行道 」と称したが、76歳の時に「 木喰五行菩薩 」、さらに89歳の時に「 木喰明満仙人 」と改めている。 木喰が廻国修行(日本全国を旅して修行する)に旅立つのは、木食戒を受けてからさらに10年以上を経た 1773年 ( 安永 2年)、56歳の時である。

  • 身延山ロープウェイ 周辺のご案内 ── 木喰の里 微笑館

    木喰の里 微笑館 Mokujiki-no-sato museum 江戸時代中期の享保3(1718)年、古関丸畑に生まれた木喰行道(もくじき-ぎょうどう)上人(木喰五行菩薩・木喰明満仙人)。55歳より92歳で入定(にゅうじょう)する迄の実に37年間、諸国を行脚(あんぎゃ)した上人が ...

  • 木喰明満 - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト

    丹波街道(6)/tanba_615.jpg 戻る | ホーム | 次へ 本堂左側にある 薬師堂 です 中に有名な 「木喰明満上人の木喰仏」 が安置されています 自刻像 を始め 十王坐像 、 葬頭河婆 、 白鬼 の 13駆 です 写真撮影が許されないのが残念でした

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木喰明満

木喰明満 もくじきみょうまん
百科事典項目

1718~1810 江戸後期の僧・仏師。甲斐国西八代郡古関村(現、山梨県南巨摩郡身延町)に生まれ、22歳で出家、45歳のとき木喰戒をうけた。その後北海道を皮切りに諸国をめぐり、多くの木彫仏をきざんだ。その仏像は形式にとらわれず、人間味あふれる独特の表情をたたえ、微笑仏の名でもしたしまれている。

やや先行する円空とともに、ひたむきな宗教活動を木彫というかたちで結晶させた異色の仏師で、大正末期以降、柳宗悦の民芸運動によって、その存在はひろく知られるようになった。1793年(寛政5)から「天一自在法門木食五行菩薩」、1806年(文化3)から「神明光明明満仙人」と名のり、93歳で入寂(にゅうじゃく)している。

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