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奈良市西ノ京町にある法相宗の大本山で南都七大寺のひとつ。680年(天武9)天武天皇が皇后(のち持統天皇)の病気回復をいのって発願(ほつがん)し、当時計画中だった藤原京の条坊線を意識して建立をはじめた。天武天皇の死後は持統天皇がひきつぎ、698年(文武2)藤原京に伽藍が完成した。これが現在、奈良県橿原市に礎石などがのこる本薬師寺(もとやくしじ)である。 710年(和銅3)都が平城京にうつると、薬師寺も718年(養老2)新京にうつし、平城右京に新しく伽藍をかまえた。伽藍配置は薬師寺式といわれ、金堂(こんどう)、東塔、西塔を、中門から出て講堂に達する回廊がとりかこむ。973年(天延元)以降たびたび災いにあってすたれ、1528年(享禄元)には戦火で大半をうしなった。1976年(昭和51)以降、金堂、西塔、中門、講堂をはじめ積極的に古代伽藍が再現されている。
東塔は平城遷都の際に新造された。三重塔ではあるが、各層に裳階(もこし)をつけるため、一見六重塔のようにみえる。相輪の長さが総高の3分の1近くを占め、水煙(すいえん)に模様の組み合わせではなく、飛天像があしらわれているのも大きな特徴である。記録によれば、かつては東塔・西塔の内部に釈迦八相(→ 涅槃図)群像が安置されており、現在その一部とみられる残欠が伝来している。 金堂には、本尊薬師如来座像に脇侍(きょうじ)の日光・月光菩薩(ぼさつ)立像を配した薬師三尊像がまつられる。豊かな肉体と、均整のとれたプロポーションをもち、台座には四神、鬼人、葡萄唐草文(ぶどうからくさもん:→ 唐草文様)の浮彫がほどこされており、日本を代表するすぐれた金銅仏である。藤原京からうつされたとする説と、平城遷都にともなって、新しく鋳造されたとする説がある。 仏像ではほかに、東院堂の金銅聖観音立像、木造十一面観音菩薩立像、天平末から平安初期の文殊菩薩座像、9世紀末の僧形八幡神、神功皇后、仲津姫命の座像などがある。 絵画では、麻布着色吉祥天(きっしょうてん)像が、盛唐美人画の様式をつたえる。771年(宝亀2)に薬師寺でおこなわれた吉祥悔過会(けかえ)の本尊だったと考えられている。そのほか、753年(天平勝宝5)制作の仏足石、天平時代の金石文の遺例とされる仏足跡歌碑がある。 2000年(平成12)末、玄奘三蔵院の大唐西域壁画殿に平山郁夫による高さ2.2m、7場面13枚で総長49mにおよぶ大壁画が納入された。玄奘三蔵院には、玄奘の舎利がおさめられており、壁画は玄奘が経典をもとめて長安を出発、西域やヒマラヤをへてインドにいたり、ナーランダー僧院などをたどる場面が描かれている。
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