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手紙、はがきなどの信書、物品、金銭を送達する手段のひとつ。信書送達の郵便事業は、これまで郵便法にもとづき国が独占していたが、2003年(平成15)4月1日、日本郵政公社発足にともない、民間企業の参入が可能となった。07年10月1日にスタートした郵政民営化と分社化にともない、集配や区分業務は郵便事業株式会社(JP日本郵便)が、郵便局の窓口業務は郵便局株式会社(JP郵便局)が担当することになった。 郵便事業は、封書やはがきなどあらゆる信書の集配ができる「一般信書便事業」と地域限定で信書集配ができる「特定信書便事業」にわけられる。 「一般信書便事業」は、全国に10万のポスト設置を義務づけるなどきびしい条件がつけられたため、現時点では民間企業の参入は実現していない。ただ、ダイレクトメール(DM)の一部(特定個人向けでないチラシ、パンフレットなど)や雑誌、カタログ、クレジット・カードなどの「非信書」の集配は宅配業者が参入した。 「特定信書便事業」は3時間以内の配達、1個1000円以上の料金などの条件がつけられているが、これにはバイク便大手の企業が参入した。
郵便事業株式会社があつかう郵便物は、大きく通常郵便物と小包郵便物にわけられる。通常郵便物は第1種郵便物(封書など)、第2種郵便物(はがき)、第3種郵便物(新聞・雑誌・官報などの許可済定期刊行物)、第4種郵便物(通信教育用教材・視覚障害者用点字・農産物の種苗・学術刊行物など)にわけられる。 小包郵便物には一般小包・書籍小包などがある。そのほか特殊取扱として書留・速達・内容証明・配達証明などがある。 郵便事業株式会社の郵便物は、郵便切手による前納が原則であるが、料金別納・料金後納・料金受取人払いの制度ももうけられている。
日本郵政公社の発足以前から、すでに一部コンビニエンス・ストアにポストを設置していたが、公社化にともない新たなサービスがはじまった。郵便物をあつかう郵便局のすべてではなく、またサービスの開始時期に差はあるが、おもなものに以下のようなものがあった。 小包の配達時間を午後8時までから午後9時まで延長。郵便局に花屋やコンビニを併設。写真付き切手(プリクラ切手)や封筒の販売。1通500円でA4書類が入れ放題になる小包(プリペイド封筒型小包エクスパック500)の販売。
郵便の歴史は古く、すでに古代エジプト第12王朝(前20~前18世紀ごろ)にみられ、前6世紀の古代ペルシャ帝国では「駅伝制度」がもうけられていた。この制度はローマ帝国にもうけつがれた。中国では秦・漢代には駅伝制が整備されていた。日本も奈良時代、中国の唐にならい律令を制定、それにもとづき文書送達の駅制がしかれた。駅には駅馬(えきば)、伝馬(てんま)がそなえられ、使者は馬をのりついで文書を配達した。配達人は脚夫とよばれた。 平安時代になると駅制がおとろえ、それにかわって私的な施設として「宿(しゅく)」が発生、鎌倉時代になって発達した。源頼朝は1185年(文治元)に「駅路の法」をさだめ、鎌倉と京都の間の宿駅をのりつぐ早馬が整備された。 平安末期には、書簡や小荷物を伝達する脚夫を「飛脚」とよぶようになり、これが江戸時代には通信機関の代名詞にもなった。江戸幕府は交通や通信の施設を整備し、駅伝制が急速に発達した。五街道をはじめ各街道には宿がおかれた。宿は休泊、運輸、通信の3つの機能をもっていた。 江戸時代の通信機関は飛脚がもっとも重要なものとなり、継(つぎ)飛脚、大名飛脚、町飛脚などがおかれた。継飛脚は幕府公用、大名飛脚は各大名専用、町飛脚は民間用と機能がわかれていた。町飛脚は飛脚問屋が業務をあつかった。 江戸時代、書簡や荷物の伝達は「飛脚便」とよばれていたが、頼山陽など一部の漢学者の間では「郵便」の用語がつかわれていた。郵は宿場のことで、郵便とは便りを郵から郵へと中継輸送することを意味した。のちに、前島密は飛脚便にかわって郵便の名称を採用することになる。
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