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1984年11月末、イギリスとフランス両国の間で、ドーバー海峡横断トンネルに関する協定が締結された。85年4月には国際コンペで、ドーバー海峡を横断する鉄道経路の計画案が募集され、半年以内に設計案を提出するよう公告された。応募のあった設計案は、イギリスとフランスの各1社からなる技術コンサルタント会社が審査にあたり、全線海底トンネルとし、単線を2本と中間の作業坑3本とすることが決定した。 資金調達の遅れから、工事開始は87年末になり、工事途中での建設費が増大し、その支払い条件などをめぐるトラブルなどから、竣工(しゅんこう)は当初計画より約1年おくれたが、94年5月に開業にいたった。
建設主体は、イギリスとフランスのそれぞれの英仏海峡トンネル会社が50%ずつ出資して設立されたユーロトンネル(ET)社で、施工は、共同事業体であるトランス・マンシェ・リンク(TML)社が一括して受注した。総事業費は、99億ポンド(約1兆5800億円)にのぼったが、すべて民間資金でまかなわれた。 大半は、合計で約230の銀行などによる協調融資で調達されたが、そのほぼ4分の1は日本の銀行がひきうけた。また、青函トンネルで実績のある日本人技術者が、現場で指導にあたることが融資の条件にもなった。 掘削工事には、イギリスから6基、日本から4基、アメリカから1基のTBMが導入され、日本製の機械は、フランス側工区で88年12月からつかわれた。これは直径8.78mのもので、当初計画では、1カ月に500mの速度で、全長16kmを掘進するはずだったが、実際には、1カ月900~1000m、最大では、月間約1200mも掘進して、予定の9カ月も前に計画地点に到達した。そのため、最終的には契約区間を延長して、フランス側から20kmを掘削した。19.3km地点では、フランスとイギリスとの国境をこえた。
ユーロトンネルは、予定より1年遅れの1994年5月に正式開通した。11月からはユーロスターと名づけられたTGVが運転を開始、ロンドンとパリやブリュッセルをむすんでいる。トンネル通過の所要時間は35分で、ロンドンのウォータール駅とパリの北駅との間を3時間で運転している。 → 掘削機械
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