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Windows Live® の検索結果 桃山後期から江戸時代に活躍した俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一らが形成した装飾美術の流派。歴史的には19世紀初めに抱一がつかった尾形流をはじめ、光琳派や宗達派あるいは光悦派などとよばれたこともあった。画派として強固なまとまりをもって活動したわけではなく、各画家がそれぞれ先人に私淑し、その造形を継承した結果が、ひとつの流派のような傾向を生みだしたものである。 ほかの代表的な画家としては、渡辺始興、深江蘆舟、尾形乾山、鈴木其一などがあげられる。 武家社会の公式の絵画となった狩野派や、庶民的な発想に根ざす浮世絵とはことなり、市井(しせい)にありながら貴族社会の伝統的な絵画であったやまと絵をめざし、平安・鎌倉時代の物語や季節の草花をおもな画題として、優美で繊細な情趣を追求した。高価な岩絵具をふんだんにつかった絢爛(けんらん)たる画面は、桃山期の豪華趣味を継承するもので、支持者の経済力を物語るものでもある。 彼らが手がけた画面は屏風や掛幅(かけふく)にとどまらず、扇面や団扇、香包(こうづつみ)などの日用品におよび、さらには蒔絵のデザインや陶器の絵付けなどにもいたっている。その造形は装飾的と評されるが、それは画風が華やかで平面的であることにくわえ、活動が生活芸術全般におよんでいることとも関係している。 宗達や光琳は法橋(ほっきょう)の位になり、抱一は大名家の子息ではあったが、当時の画家の地位としてはかならずしも高くなく、今日ほどの評価をうけていたとは思われない。彼らの評価が飛躍的に高まるのは、19世紀以降、その斬新な意匠的造形の中に近代芸術にも通じる造形思想が発見されてからのことである。
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