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項目構成
インドネシアでは、収穫のときに、田の所有者以外の人間が入ってきて、収穫作業に参加し、自分の刈りとった量の10分の1をもらっていくバオンとよばれるシステムがある。これは、冷害のない気候温暖な社会であるがゆえに可能な、分配によって、できるだけ多くの人間に収穫の分け前をあたえようとするシステムである。 これに対して、日本や韓国などの場合には、田植えの際に、日本では結(ゆ)い、韓国ではプマシとよばれる共同での労働が不可欠であり、村の共同体のつながりは緊密なものとなる。人類学者のジョン・エンブリーは、そういった点から、タイを緩やかな構造の社会とよび、日本をきっちりとした構造の社会とよんだ。→村の「村落共同体の一般的特性」
近代化がすすんでいない東南アジアの社会においては、長く特権階級と無権利の大衆とに二分され、中間層が存在しなかった。そういった社会においては、水田を所有することが、地位を上昇させていくためには不可欠な条件となっていた。そのため、自分の田でとれた米を食べられることが、エリートの証(あかし)と考えられてきた。タイにはサクディナー制があるが、サクディとは位、ナーとは田を意味し、王からあたえられる田の広さによって身分が決定されるシステムがとられてきた。 日本でも、米は年貢となり、また石高制がしかれたように、貨幣にかわる交換媒体の役割をもはたしてきた。現在でも、インドでは、床屋の代金が籾によってしはらわれたりするし、タイでは、壺(つぼ)がその容量分の籾と交換されたりしている。
日本に水田による稲作がつたわったのは、紀元前400年以前と考えられている。つたわったルートについては複数の説があり、いくつかのルートをとおってつたわった可能性もある。日本は、稲作については後進国だが、記紀神話(→ 日本神話)で日本は「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国」とよばれ、葦の生いしげる湿原のように、とこしえに稲穂が豊かにみのる国が理想とされてきた。
記紀神話では、高天原には水田があり、アマテラスオオミカミ(天照大神)みずからが水田をいとなんでいた。その水田を破壊したのが弟のスサノオノミコト(素戔嗚尊)で、スサノオノミコトは出雲国で、稲の擬人化されたクシナダヒメ(奇稲田姫)をすくう。また、オオクニヌシノカミ(大国主神)も、葦原中国の王となるが、その一族には稲作に関係の深い神々が多い。そして、そこに降臨する神々にはいずれも、稲穂を意味する神名がつけられていた。古代の王は、神聖な稲を管理する存在であったが、それはアマテラスオオミカミの子孫であるとされる天皇にうけつがれていく。
天皇は、毎年、新しくとれた米を、アマテラスオオミカミにささげ、共食する新嘗祭を宮中でおこなうが、天皇の即位儀礼である大嘗祭では、稲の霊がいったん死んで再生されるように、天皇の霊もなくなった先代の天皇から新しい天皇にうつり、再生をはたすことになる。このように、天皇と稲との結び付きは密接であり、それが日本において米が神聖視されるひとつの原因ともなっている。また、民間においても、宮中と同じようなかたちで、各種の稲作儀礼が盛んにおこなわれてきた。日本の民間信仰は、稲作を核として形成されている。柳田国男は、祖霊は、冬の間は山の神として、子孫の生活を守護し、春には田の神となって、農作業の無事を守護するのだと解釈した。
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