検索
エンカルタ内で検索 : アングロ・サクソン人

Windows Live® の検索結果

  • アングロ・サクソン人 - Wikipedia

    アングロ・サクソン人 (Anglo-Saxons) は、 5世紀 ごろ、現在のオランダ、ドイツ北岸、デンマーク付近より グレートブリテン島 に侵入してきた アングル人 、 ジュート人 、 サクソン人 の ゲルマン 系の3つの部族の総称である。

  • アングロ=サクソン人

    50音順 検 索 ●アングロ=サクソン人 アングロ=サクソンじん ad 今日におけるイギリス国民の根幹をなす民族。単に サクソン人 とも称せられる。

  • 「ヨーロッパの歴史風景(中世)」西暦500年頃 ...

    「ヨーロッパの歴史風景(中世)」西暦500年頃、ケルト系ブリトン人がアングロ・サクソン人を打ち破った。そのブリトン人の指導者がアーサー王だったとの説もある。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

アングロ・サクソン人

アングロ・サクソン人 アングロ・サクソンじん Anglo Saxons
百科事典項目

ゲルマン民族の一派。名はユトランド半島を原住地とするアングル人、北西ドイツを原住地とするサクソン人に由来するが、そのほかにも、やはりユトランド半島を原住地とするジュート人など諸族がふくまれる。白人、金髪、碧眼(へきがん:青い目)、長身といった身体的特徴がみられる。

アングロ・サクソン人はほかのゲルマン民族同様、人口増加による土地不足などをおもな理由として、西南への移動をはじめ、5~6世紀には海をこえてブリタニア(現在のイギリス)へと侵入した。彼らは最初、一時的な略奪行為を主としていたが、しだいに定住を目的とするようになった。彼らの定住をうながした事件としては、先住のブリトン人(ケルト人)が北方から侵入するピクト人を撃退するよう、アングロ・サクソン人に依頼したことがあげられる。

しかし、ブリタニア内陸部への侵攻は、しばしばこのブリトン人の抵抗にはばまれた。とくに、6世紀初頭からおよそ半世紀にわたって、アングロ・サクソン人による侵攻は停滞、あるいは後退をみせるが、これはブリトン人である伝説のアーサー王の勝利の結果とされる。彼らの侵攻が再開されたのは6世紀半ばからであり、7世紀半ばにはブリタニアの大半が制圧された。以後、かの地は「アングル人の土地」を意味するイングランドの名称でよばれた。

この侵攻後もブリトン人は駆逐されたわけではなく、また、11世紀にはノルマン人が侵入する(ウィリアム1世)。現在のイギリス人はこれらをはじめとする諸民族の融合体であり、けっして純粋なアングロ・サクソン人とはいえないが、イギリス人すなわちアングロ・サクソンとみなされている。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft