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項目構成
そこでアリストテレスは、形相が質料の中にあらかじめ可能性というかたちで存在していたと考えた。つまりアリストテレスは運動変化を説明するために、形相と質料という対概念にくわえて、可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイア)または完成態(エンテレケイア)という対概念を導入した。 こうした発想方法のモデルは、生命体の成長だった。たとえばカシ(樫)の種子は、まだカシの木ではないがやがてカシの木になるのだから、カシの木の可能態だとみなすことができる。つまり生命体は自分がこれからなるであろう形相の可能性を自分(質料)の中にすでに宿していると考えられる。芽がでてそだってカシの大木になったとき、この種子は現実にカシの木になった、つまりカシの木の現実態になったといえるのである。 これと同じ発想でアリストテレスは、いわゆる物理的運動や人為的制作をも説明しようとした。椅子をつくる場合でも、材木という質料はやがて外からなんらかの力をうけとって、現実の椅子を実現する可能性をすでにもっていると彼は考える。椅子という形相は、もともと(完成態にいたる以前は)質料としての材木の中に可能性としてあった。材木は自分自身のうちに素質としてあるこの形相を目的にして(むろん大工の手をかりて)成長変化するのだとアリストテレスは考えた。 この場合、材木は椅子の可能態である(もちろん材木は船や机にも変身できるので、船や机の可能態でもある)。そして大工によってつくられた現実の椅子が、この材木の現実態だということになる。このように考えれば、個物の世界のほかに純粋な形相からなるイデア界を想定しなくてもよくなるのである。
こうしてアリストテレスの形相と質料という対概念は、イデア説の不自然さを克服することに成功したのだが、そのかわりに、あらゆるものを目的論的に考える世界観を準備することになった。アリストテレスの目的論的な世界観は中世を通じて支配的であったが、やがて近代科学の機械論的な世界観と対立することになる。 → 西洋哲学
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