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トゥール・ポワティエの戦

トゥール・ポワティエの戦 トゥール・ポワティエのたたかい Bataille de Poitiers
百科事典項目

732年、フランク王国の東北部を占める分国アウストラシアの宮宰一族カロリング家のカール・マルテルが、おりから王国各地を侵略していたイスラム教徒を相手に勝利をおさめた戦い。Bataille de Toursともいう。当時、フランク王国の支配権をめぐって諸侯が対立抗争していたが、この戦いでフランク連合軍を組織して勝利したカール・マルテルが権力をかため、息子ピピン3世によるカロリング朝開設の礎(いしずえ)をきずいた。

イスラム勢力によるフランク王国への侵入は、720年ごろからしばしばくりかえされていたが、732年にスペインの地方総督アブド・アッラフマーンにひきいられた騎馬部隊は、ピレネー山脈をこえ、アキテーヌ公ウードの軍勢をうちやぶった。ウードは宿敵カール・マルテルの援軍をこい、10月25日、カール・マルテルの軍はトゥールポワティエの間のムセでイスラム軍を粉砕した。アブド・アッラフマーンは戦死した。

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