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    第94回 二科展絵画部 会員出品作品をアップしました。 ※絵画部は8月22日をもって作品公募は終了いたしました。

  • 二科会 - Wikipedia

    二科会 (にかかい)は、美術団体のひとつである。「二科展」で広く知られる。

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二科会

二科会 にかかい
百科事典項目

美術団体。1914年(大正3年)、画家の登竜門として重要だった文展(文部省美術展覧会)洋画部の審査で不遇だった新傾向の画家たちによって結成された。彼らは文展の審査について、日本画部と同じように洋画部も新旧2科制とすることをもとめたがうけいれられなかったため、独立して官展(政府主催の展覧会)に対抗する在野団体をつくったのである。創立メンバーには石井柏亭、有島生馬、山下新太郎、梅原龍三郎坂本繁二郎らがいた。

その年1914年秋に上野で第1回展を開催して好評をえ、翌15年にはフランスから帰国した安井曽太郎が滞欧作を特別陳列して注目された。つづいて熊谷守一、小出楢重古賀春江東郷青児万鉄五郎関根正二ら大正期の洋画を代表する個性をあつめ、フォービスムキュビスムなど西欧の新しい動向を敏感に反映して、大正・昭和初期の在野の最大勢力を形成した。また前衛的作品を展示会場の第9室にあつめる慣例があり、ここから斎藤義重吉原治良らの九室会(きゅうしつかい)が生まれている。

結成当初からメンバーの移動が多く、戦前期に独立美術協会、一水会、戦後には行動美術協会、二紀会、一陽会など、有力な団体が二科会から分立している。戦後は東郷青児が長く会をリードした。1919年に彫刻部がおかれ、戦後の一時期、工芸部、商業美術部、漫画部などが新設されたが、現在は絵画、彫刻、写真、デザインの4部制。

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