検索
エンカルタ内で検索 : 修学院離宮

Windows Live® の検索結果

  • 宮内庁参観案内:施設情報:修学院離宮

    施設の概要図をご覧いただくことができます。 最寄りの交通機関からの案内図をご覧いただけます。 修学院離宮参観の申込要領を説明します。 修学院離宮内の様子をビデオに収めたものを閲覧することができます。

  • 宮内庁参観案内(皇居・京都御所・仙洞御所・桂離宮・修学院離宮)

    宮内庁オンライン参観案内:宮内庁では、インターネットを利用した参観申込をこちらのホームページ窓口で受け付けております。

  • 修学院離宮 - Wikipedia

    修学院離宮 (しゅがくいんりきゅう)は 京都市 左京区 の 比叡山 麓にある 宮内庁 所管の離宮である。 17世紀 中頃( 1653年 ( 承応 2年) - 1655年 (承応4年))に 後水尾上皇 の指示で造営された。 桂離宮 ・ 仙洞御所 とならび、王朝文化の 美意識 の到達点を ...

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

修学院離宮

修学院離宮 しゅがくいんりきゅう
百科事典項目

京都市左京区にある後水尾上皇の山荘。「しゅうがくいんりきゅう」ともいう。上(かみ)、中、下(しも)の3つの御茶屋からなり、江戸時代には畔道(あぜみち)、現在は松並木の小道で連絡している。

江戸前期、幕府が延暦寺の別院だった比叡山(ひえいざん)西南麓(ろく)にある修学院の跡地を提供し、上皇みずからが雄大な構想のもとに設計し、造営したという。上の御茶屋は浴竜池(よくりゅうち)という大池を中心に3つの茶屋を配し(現在は2つのみ)、下の御茶屋は寿月観などの御殿からなる。1663年(寛文3)ころまでに完成し、上皇はここにしばしば行幸したが、その後は荒廃と修理がくりかえされた。

明治期に宮内省所管の離宮となり、大修理をうけたが、このとき林丘寺(りんきゅうじ)から客殿などを分離して、中の御茶屋がくわわった。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft