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淡水魚の定義はいくつもあるが、対象種の範囲がもっとも限定されるのは「生活史のどの時期においても塩分耐性をほとんどもたない魚」という定義である。 たとえば、日本国内の河川や湖沼には計二百数十種の魚が生息するが、その中で上記の定義に該当するものはコイやドジョウ、ナマズの仲間を中心に、計65種ほどの魚のみである。 この定義にあてはまる生粋の淡水魚は、専門用語では「一次的淡水魚」とよばれる。しかし、一般にはなじみのない表現なので、以下では「純淡水魚」とよぶことにする(→ 魚類:淡水生物)。
純淡水魚は、汽水域をとおって海へ自由に移動することはできない。したがって、大洪水などの機会がなければ、ほかの水系に移動することは困難である。しかし、現実には、山地や海峡などによって隔離されているはずの水系間でも、純淡水魚の種類相に大差がない場合がめずらしくない。 それどころか、日本に生息する純淡水魚の種類相は、中国大陸や朝鮮半島と基本的に共通なのである。これらの事実から、過去のどの時期かに、純淡水魚が遠くまで移動できたことが推測される。それが可能になる状況として、氷河期(→ 氷河時代)の大規模な海面低下が想定されている。
日本は周囲を海にとりかこまれているが、その中で東シナ海とオホーツク海の水深が極端に浅い。第四紀氷河期には海面が現在よりも100mほど低下していたとされているので、これらの浅い海は大部分が陸であったことになる。 だとすれば、中国大陸や朝鮮半島西海岸からながれる川と西日本からながれでる川は、その下流部が長くのびて九州西方で合流し、大陸の大河や巨大な湖沼で種分化(→種の「種分化」)した多くの純淡水魚が、川伝いに西日本に移住してくることができたであろう。同じように、北日本においても、サハリンやアムール川(黒竜江)など北アジア原産の純淡水魚は、川伝いに北海道のオホーツク海沿岸に移住できるようになったと推測される。 つまり、日本とユーラシア大陸の純淡水魚の種類相に共通性があるのは、大陸から純淡水魚が大挙して渡来してきたためだと考えられる。 これに対して、たとえば屋久島以南の南西諸島の河川の場合は、その周囲の海が深すぎるために氷河期にも大陸の川と合流することができなかったと思われるが、そこには大陸産の純淡水魚はまったく分布していない。大陸の河川から隔離された島国の河川というものは、本来はこのような姿がふつうなのである。 つまり、いくつもの幸運が重なって、世界の純淡水魚の宝庫のひとつである中国大陸の大河の影響圏にはいったことが、日本の純淡水魚の魚類相を島国にはめずらしいほど豊かなものにしたのである。
渡来した純淡水魚のその後の運命は、北日本と西日本でかなりことなったものになった。 つまり、北海道のオホーツク海沿岸に渡来した北アジア起源の純淡水魚は、そもそも種類相がとぼしかった。しかも、その西につらなる山岳地帯をこえることができず、最初の渡来地点の周囲に封じこめられてしまった。 これに対して、西日本の場合は、渡来した魚の種類相がきわめて豊富であった。また、現在は瀬戸内海にしずんでいる中央構造線沿いの低地が、当時は干出(かんしゅつ)して広大な湖沼地帯となっていた。そのため、西日本に渡来した豊かな純淡水魚は比較的たやすく東へと分布を広げ、はるか近畿地方まで到達することになった。現在でも、瀬戸内海沿岸を中心とする西日本の河川の純淡水魚類相が豊富なのは、このような過去の歴史の反映なのである。 また、西日本から渡来した純淡水魚の多くは琵琶湖にも侵入し、その一部はそこで独自の進化をとげてヘラブナ(ゲンゴロウブナ)やニゴロブナ、ビワコオオナマズ、イワトコナマズなどの特産種となった。 大陸の巨大な湖ではこのような種分化がもっと大規模に生じたことが知られているが、国内の湖沼では琵琶湖以外に特産種はみられない。琵琶湖は、国内の湖の中ではとくに規模が大きいのみならず、歴史の長さもぬきんでているといわれており、それらのことが新しい種の形成を可能にしたものと思われる。 なお、日本に現在生息している純淡水魚は、中国大陸の大河の上流部を中心に生息するような種が多い。つまり、大河の下流部だけに生息する種はほとんどぬけおちているが、おそらくそれらの種は、氷河期がおわって日本の河川が現在のような規模に縮小した際に、生息適地がえられなくなって絶滅してしまったものと思われる。
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